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社説・コラム

原爆資料館 刷新の時 博物館会議の参加者に提言聞く

■記者 桑島美帆

 今月初め、京都と広島で「第6回国際平和博物館会議」が開かれた。アジアや欧米、アフリカの24カ国・地域の平和博物館関係者や研究者、非政府組織(NGO)の代表が集い、広島では「核兵器廃絶に向けた平和博物館の役割」などを議論した。会場となった中区の原爆資料館は1955年の開館から一貫して被爆の惨状と核兵器廃絶の願いを展示を通して訴えてきた。94年のリニューアルから14年が経過し、今、展示の見直しが検討されている。これからの「ヒロシマの平和博物館」には何が求められるのか-。国内外の参加者に、原爆資料館への提言を聞いた。

 「被爆の惨状の展示へたどり着くまでに、見る物がたくさんあって疲れ切ってしまう」「展示が突然終わり、見学中に感じた思いをじっくり内省する場所もない」-。最終日の10日。秋葉忠利広島市長は記念講演の冒頭で原爆資料館が今抱えている課題を挙げた。

 市は、被爆60周年を控えた2004年に展示見直しに着手。大学教授や被爆者らと意見交換を重ね、今年の4月から、昨年度まとめた「更新計画」の具体化を進めている。

 これまで、(1)軍都広島や原爆開発の歴史、核時代の解説から始まる見学ルートを改め、本館の被爆の惨状から始める(2)見学後に、いろんな思いを巡らすことのできる空間を設ける(3)被爆者一人一人の体験をより身近に感じられるような展示にする-ことなどを話し合ってきた。

 ニューヨークの大学教員ニッツァ・ミラグロス・エスカレラさん(56)は、広島市の計画に盛り込まれた「見学後に内省する空間」について、家族や友人と絵や詩を一緒に書くスペースや、来館者の感想を受け止め、対話するスタッフの常駐などを提案する。初めて見学した原爆資料館で心が強く揺さぶられ、「一人で何かを書き留めるだけでは物足りない」と思ったからだ。

 一方、今回の参加者の中には、現在の原爆資料館の展示は「スペースが広すぎる」「パネルがずらっと並び、細かい情報が多い」と指摘した人も少なくない。オランダ国立戦争資料館展示企画部長のエリック・ソーメルスさん(50)もその一人だ。

 ソーメルスさんは、「原爆の威力や死者数など『史実』を細かく網羅しても、来館者の心には残らない」と指摘。「人の感情に訴える展示が、平和への思いを強める」として、「被爆者の遺品とともに、遺品を提供した遺族が、戦中、戦後をどう生き抜いてきたかを紹介してはどうか」と提案する。

 ソウルの平和博物館建設推進委員会の金英丸(キムヨンファン)さん(36)は「在外被爆者の視点もクローズアップすべきだ」と指摘する。「韓国では、『日本への原爆投下が民族を解放した』という考えが根強く、核兵器に対して無関心な人が多い」と金さん。  「在外被爆者の人生を通して韓国人が原爆の非人道性を考えれば、核兵器に対する日韓の温度差を埋めることもできる」。金さんは原爆資料館の新たな役割を期待している。

 「史実を伝えるとともに、核兵器廃絶へ向けて世界を動かす役割も担ってほしい」。原爆資料館にもう一歩踏み込んだ「積極性」を求めるのは、英ブラッドフォード大のピーター・ヴァン・デン・デュンゲン博士(60)=平和学。

 92年に国際平和博物館会議を提唱し、10日のシンポジウムでパネリストも務めたヴァン・デン・デュンゲン博士は「遺品や証言を通じて戦争の記憶を継承し、反戦平和の精神を訴えるのが日本の平和博物館の特徴」と分析。「原爆資料館もその枠内に踏みとどまっている」と指摘する。

 「ぶらっと立ち寄り、核問題に無関心だった旅行者が『核廃絶や平和に向けて何か行動を起こそう』と思うような仕掛けが必要」と語る。そして「子どもでもわかる内容で」世界の核状況を解説したり、広島や各地で行われた市民活動を紹介したりするコーナーの拡充を要望する。

 「世界法廷運動」を通して「核兵器の威嚇と使用は国際法違反」との国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見を引き出した経験を持つニュージーランドのNGO代表ケイト・デュースさん(55)は「核時代の今を問う」展示手法の一つとして、原爆や核実験の問題などを追ってきた日本のメディアの活用を提案。

 ICJ勧告にあいまいな立場を取った日本政府を取り上げたドキュメンタリーや核実験によるマーシャル諸島の被曝(ひばく)者の特集番組などを展示候補として挙げ、「若い人を動かすには、まず問題意識を持ってもらうこと。そのきっかけを、原爆資料館は提供できるはずだ」と力を込める。

 戦後60年余りが経過し、展示手法も時代にふさわしいものにしていかなければ、来館者に訴える力も弱まっていく。被爆者と復興に携わった人たち個別の体験や思いが、具体的に想像できるような展示の仕方も必要だ。

 年々外国からの訪問者も増え、昨年度は過去最多の17万4815人が来館した。原爆資料館が、核兵器廃絶の必要性を訴えるだけでなく、新たな平和をつくり出す、世界の人たちの拠点になることを期待したい。

<ヨーロッパの事例紹介>

 開館当初の展示コンセプトを見直したヨーロッパの平和博物館の事例を、分科会報告を踏まえて紹介する。

ゲルニカ平和博物館( スペイン) のイラッツェ・モモイティオ・アストロキア館長(36) 展示品は最小限に

 10年前の開館当初はスペイン内戦(1936-39年)とゲルニカ空爆(37年)の史実だけを扱っていた。5年前、ゲルニカの戦争体験を原点にしながら、「戦争の歴史」と「平和」を展示の柱にした平和博物館としてリニューアルした。

 来館者が過去を知るだけでなく、平和と向き合う場を目指した。感情に訴える空間をつくるため、展示品は必要最小限に抑えた。

 30年以上続くバスク紛争の常設展もある。学校や家庭で話し合うのが難しい問題だが、まず地域が抱える紛争の根本原因を問い、解決の糸口を探ることが、われわれの責務だと考えている。

国立戦争資料館 (オランダ)のエリック・ソーメルス展示企画部長(50) 子どもの視点採用

 国内には15の「平和博物館」がある。オランダはほとんど戦場にならなかったが、ユダヤ人住民の70%がナチスの犠牲になったためだ。どの博物館もユダヤ人の被害とナチスの加害を強調し、ナチスに抵抗した人を英雄視する傾向にあった。

 1990年代後半から、展示手法を変えた。戦争中子どもだった人の記憶を当時使っていた服やおもちゃと一緒に紹介する「戦時下の子どもたち」展では、ユダヤ人遺族だけでなく親がナチスにいた人などさまざまな立場の人に語ってもらった。移民が増えるなか、子どもたちに戦争を「自分の問題」として考えてもらう工夫が必要だ。

国際赤十字・赤新月博物館 (スイス )のロジャー・マヨウ館長(54) 変化する社会扱う

 赤十字の主な活動である「人道支援」をテーマに展示してきた。今年開館20周年を迎えたのに合わせて、全面改装の準備を進めている。

 20年前に比べて私たちが情報を得る環境は大きく変わった。ただ時系列に情報を並べるだけでは、テーマが十分に伝わりにくい。

 新しい博物館では、前半を感情に訴えるゾーンにし、後半を歴史解説や情報提供のスペースにする。刻々と変化する現在の社会問題を取り扱う部屋を新設するほか、誰にでも身近な「家族」の視点から「平和」や「人を助けること」の大切さを考える部屋もつくる予定だ。

(2008年10月20日朝刊掲載)

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