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社説・コラム

米原子力空母 初の日本母港化 岩国近海での運用も

■編集委員 山本浩司

 米海軍のニミッツ級原子力空母「ジョージ・ワシントン」が9月25日に米海軍横須賀基地(神奈川県横須賀市)に入港。米国の原子力艦船が、日本の港を初めて母港とした。搭載する艦載機部隊は2014年に米海兵隊岩国基地(岩国市)に移転予定で、その動向は岩国基地にも大きく影響する。従来の通常型空母との違いや安全性、日本国内で今後、どう運用されるのかを探った。

<特長 > 詳細、いまだ軍事機密

 9月25日朝、横須賀基地でジョージ・ワシントンの入港を待つマスコミ関係者に一冊のファイルが配られた。ドナルド・ウィンター米海軍長官、トーマス・シーファー駐日米大使などのあいさつ文などと一緒に、ジョージ・ワシントンの概略を説明したパンフレットが入っていた。

 内容は、建造された場所や、フライトデッキ(飛行甲板)の長さ、スクリューの数など。同艦が原子力空母であることを示していたのは「艦の種類・原子力推進型航空母艦」と「推進・原子炉2基」という記述だけだ。米海軍では1955年に初の原潜「ノーチラス号」が就航してから50年以上たつが、いまだに詳細は「軍事機密」であることをうかがわせる。

 通常型空母と原子力空母の相違点。そのほぼすべてが2基の原子炉に集約されている。

 まず、ほとんど燃料交換をしなくて済む核燃料で運航するため、巨大な燃料タンクが不要であることだ。空いたスペースは空母打撃群(CSG)として随伴するイージス艦や駆逐艦に給油するための燃料や艦載機の燃料、ミサイルや爆弾などの弾薬をより多く積載するために使われる。

 在日米海軍のジェームズ・ケリー司令官は、在日米海軍のホームページでジョージ・ワシントンについて「航空用燃料と武器の貯蔵能力向上で、ニミッツ級空母は通常型空母の少なくとも2倍の期間、危機対処・戦闘作戦に当たることができる」と説明する。

 さらに原子炉は、艦載機の発着艦という一見、関連がないようにみえる作業にも大きく影響している。

 カタパルトによる艦載機の射出と、着艦の際、艦載機が機体後部のテールフックで引っかけるアレスティング・ワイヤのブレーキには蒸気が使われる。通常型空母は燃料をたくボイラーで蒸気を発生させるが、原子力空母だと原子炉の核分裂反応で潤沢な蒸気が得られる。このため「日中には37秒ごとに2機の発艦と1機の着艦をおこなうことができ、夜間は1分ごとに行える」(パンフレット)という。

 こうした原子力ならではの特長が、長時間の潜航などを必要とする潜水艦や、空母にとって軍事的に最適なエネルギー源であることがわかる。このため、米海軍では現在、空母だけで10隻、全体では80隻以上の原子力艦船が就航している。

<安全性>  放射能漏れ 反発招く

 日本を初めて母港化した原子力艦船。地元住民をはじめ、最も気になるのが安全性だ。

 日本が唯一の被爆国であり、原子力艦船について微妙な感情を抱いていることは、米国政府も十分承知している。そのため、ジョージ・ワシントンの横須賀配備を控えて2006年、「米国の原子力軍艦の安全性に関するファクトシート」を発表した。

 その内容は、(1)原子炉は戦闘の衝撃に耐えうる頑丈さを持っている(2)平均出力は最大出力の15%以下、停泊中は通常停止(3)原子力艦は50年以上にわたり人体や環境に悪影響を及ぼす放射能の放出を発生させていない-などと安全性を強調している。

 しかし、同空母配備を控えた今年8月初め、原潜「ヒューストン」が横須賀基地、佐世保基地(長崎県佐世保市)、ホワイトビーチ(沖縄県うるま市)に入港中に、約2年にわたって放射性物質水を漏らしていたことが判明。ごく微量だったとはいえ、米海軍が日本での放射能漏れを公表したのは初めてで、地元自治体の反発は強い。鉄壁のはずの安全性に陰りが生じ、米政府と米海軍のこれまでの努力も水泡に帰した感がある。

 また、ジョージ・ワシントンの横須賀配備が当初の8月からずれ込む要因となった艦内火災(5月22日発生)の原因が、禁煙場所での乗組員の喫煙と発表された。乗組員の「質」に対する不安も拡大した。

 神奈川県や横須賀市では今回、横須賀基地周辺に設置する放射線測定装置(モニタリングポスト)を四基から十基に増強。住民の安全確保を大前提に、放射能漏れが起きないか、厳重な監視態勢を取っている。

<運用> 極東情勢が鍵を握る

 原子力空母の配備で注目されるのが、国内での運用だ。前任の通常型空母「キティホーク」が、補給と休養・親善を目的に北海道・室蘭港に入港(07年10月)したように、ジョージ・ワシントンの民間港への寄港の可能性はあるのだろうか。

 この点について、米側は過去のエード・メモワール(覚書)で、米軍の原子力艦の寄港先を横須賀、佐世保、ホワイトビーチの3カ所に明確に限っている。

 入港セレモニー後、米海軍第5空母打撃群のリチャード・レン司令官が記者会見。民間港への寄港の可能性を問う質問に対し「過去に原子力船が入港した港には寄港する可能性がある」と答えるにとどめた。

 ただ、この覚書は今回の原子力空母配備のはるか前、1964年のものであることを忘れてはならない。さらに、64年からの原潜入港を手始めに、「乗組員の休養と物資の補給」という目的で行ってきた一時的な寄港と、今回の恒久的配備は全く意味が違う。

 有事の際であっても米海軍の機動力部隊の要である空母が、その推進機関の違いだけで、3港以外に入港しないという原則が守られ続けるのだろうか。加えて、「その日」に備えて、事前の「下見」は行われないのだろうか-。疑念は大きく膨らむ。

 さらに、艦載機の陸上基地が米海軍厚木基地(神奈川県)から米海兵隊岩国基地に移転した後、出港と帰港の際には、艦載機部隊にかかわる多くの人員の移動が必要になる。

 このように状況が変化しても、40年以上前の覚書の重さは変わらず、そのまま順守されると日本政府や在日米軍は言い切れるのだろうか。万一、極東情勢が緊迫の度合いを深めた場合、ジョージ・ワシントンは少なくとも中国地方の日本海沿いや岩国基地に比較的近い海域まで運用範囲が拡大される可能性はある。

(2008年10月19日朝刊掲載)

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