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社説・コラム

米大統領選と核兵器廃絶の行方 両候補 核軍縮に前向き

■記者 森田裕美

 核超大国・米国の大統領選の投票が11月4日に迫った。究極的な核兵器廃絶を政策綱領に掲げる民主党のオバマ候補の優勢が伝えられるが、共和党のマケイン候補もブッシュ現政権と一線を画し、核軍縮に前向きな考えを表明している。被爆地・広島の願い通り、核兵器廃絶に向けた転換点になるのか-

変化の兆し 被爆地注視

 被爆地は大統領選の行方に熱い視線を注いでいる。20日の秋葉忠利市長の定例会見。「米国の核政策が転換する1つのサイン」と語り、世界の核軍縮の進展に期待を示した。8月6日の平和宣言でも、市長は核兵器廃絶に取り組む新大統領の誕生を期待する異例の内容を盛り込んだ。

 大統領は核のボタンを押す軍の最高司令官だ。優位に立つオバマ候補は「核兵器のない世界のために目標を設定し追求する」と表明し、8月の民主党大会で政策綱領に明記。ブッシュ政権下で実現しなかった包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准に向けた具体的方針を示し、新たな核兵器開発を認めない姿勢を明確にしている。

 マケイン候補も5月のスピーチで、同じ共和党のレーガン元大統領の「われわれの夢は核兵器が地表から消え去る日を迎えること」との発言に触れ、「それは私の夢でもある」と核兵器削減に言及した。どちらが勝ってもブッシュ現政権と一線を画し、核軍縮は前進する-。被爆地では期待が強まっている。

 大統領選に向け、広島市と広島平和文化センターは昨年9月から、全米原爆展を展開してきた。現地に被爆者が赴き、体験を証言した。アラバマなど3州で証言した広島市西区の渡辺美代子さん(79)は、熱心に耳を傾ける米国人の姿に「軍拡に突き進む自国の政策に大統領候補だけでなく市民が不安を抱いている」と痛感した。

 在米被爆者として原爆展に協力した笹森恵子さん(76)は「核軍縮は、大統領選の争点や一般市民の関心事にはなっていない」と指摘する。ただ、同センターのスティーブン・リーパー理事長は「選挙に直接的影響を及ぼしたとは思わない。しかし、大統領選びに対する市民の振る舞いには影響を与えたのではないか」と言う。

 「核兵器廃絶を公約に掲げた人が大統領になり、実行してほしい」。被爆者の思いはオバマ候補への期待につながっていく。

 大統領選後の核戦略はどうなるのか。広島市立大広島平和研究所の水本和実准教授は「あらゆる核の歯止めを無視したブッシュ政権と異なり、どちらが勝っても多国間協調による核軍縮交渉のテーブルにつくだろう」と予測する。

 ただ、両候補が核抑止論を捨てていないのも事実だ。オバマ候補も米国軍備管理協会の質問に対し、「一方的な軍縮はしない。他国が核兵器を持つ限り、強力で安心、安全、確実な核抑止は維持する」と答えている。

 シュルツ元国務長官らが核兵器廃絶を訴える提言を出すなど、米国は変化の兆しがある。ただ、「核兵器の非人道性がどこまで認識されているかは疑問」との声もある。国際政治への市民参加の可能性を研究している広島修道大の三上貴教教授は「課題は多いがヒロシマには大きなチャンス。この波にのり、声を届ける必要がある」と強調。被爆地の市民がホワイトハウスにメールや手紙で意見を送るなどの直接的な行動を提案する。


新政権の核政策と被爆地の役割
広島市立大・鈴木健人准教授に聞く

 大統領選後の核政策や被爆地の役割について、安全保障に詳しい広島市立大の鈴木健人准教授に聞いた。

 -両候補とも核兵器廃絶に言及しています。
 核軍縮にはかなりの進歩だ。単なる理想主義ではなく、誰の手に核が渡るか分からない懸念などから現実的に廃絶を考えている。今は抑止を前提としているが、米国の次のリーダーから「最終的にはゼロに」という方向性が示されたこと自体が重要だ。

 -核政策は具体的にどう進みますか。
 オバマ、マケイン、どちらが大統領になっても米ロ間に何らかの核軍縮条約はできる。2009年12月に第1次戦略兵器削減条約(START1)、2012年には戦略攻撃兵器削減条約(モスクワ条約)がそれぞれ期限切れとなる。核戦力を支える技術や経済力で劣るロシアは、米国との戦力均衡を維持するためにも削減に意欲を見せている。新大統領には備蓄も含めた米ロの核を規制する新たな条約を実現してほしい。

 -そう簡単にいくでしょうか。
 軍の反対もあり、簡単ではない。ブッシュ政権が2002年に弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約を一方的に脱退し、ミサイル防衛(MD)計画を推進している現状を維持したままではロシアは従わないだろう。核軍縮を進めるならMDの見直しも課題。そこまで含めた核軍縮条約にできるかが問われる。

 -新政権に対し、被爆地からの訴えは効果があるでしょうか。
 米国には「原爆投下で戦争を終わらせた」との認識が核保有を正当化する切り札になっている。核を持ち続けることは自国の脅威を減らす意味でもマイナスだという自覚を促していく必要もある。単に核兵器反対を訴えるだけでなく、米国の歴史解釈や認識の誤りをただす必要もある。

(2008年10月31日朝刊掲載)

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