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社説・コラム

オバマ次期大統領と米核政策

■広島市立大学広島平和研究所講師 ロバート・ジェイコブズ 

 広島に住む核問題専門の米国人歴史学者にとって、今は非常に刺激的な時である。私の故郷であり、バラク・オバマ氏の政治的拠点でもあるシカゴから今回の大統領選を見つめていると、さまざまな思いが浮かんでくる。

 オバマ氏の歴史的な勝利は、ブッシュ大統領時代からの劇的な変化、とりわけ外交や核兵器政策への変化を約束している。国際的な緊張の激化、先制攻撃による侵略戦争、危険な核兵器信奉が、ブッシュ時代を特徴づけていた。2001年、ブッシュ大統領はロシアとの弾道弾迎撃ミサイル(ABM)条約を破棄し、02年には核兵器の「先制使用」の権利を米国は有するとまで言い切った。

 対照的に、次期大統領のオバマ氏は07年、米国の核兵器の警戒態勢を解くことを約束し、核兵器廃絶を目指すと公言した。同じころ、防衛問題ではタカ派の4人の米元政府高官が、世界的な核兵器廃絶を呼びかける記事を米紙に寄稿し、核反対派にかなりの波紋を呼び起こした。

 ヘンリー・キッシンジャー、ジョージ・シュルツ、ウィリアム・ペリー、サム・ナン各氏による連名記事は、核拡散が世界に広まる中で、安全保障への唯一の道は、全ての国が核兵器を放棄することであると主張している。こうした人物が核廃絶を唱えることで、廃絶に向けて真の運動のシグナルであると受け止めた人たちもいる。

 悲しいことだが、私はその記事に興奮したひとりではない。政策決定者が、ひとりとして含まれていないことに注目する必要がある。記事は核兵器の備蓄や、核兵器使用の可能性を擁護することに、人生の大半を費やした人々により書かれた。呼びかけがなぜ、現役の政策決定者からではなく、退役したタカ派の人々から出たのだろうか。一線を退いたこうした高官の意見や、人気のある新大統領の願いが、どこまで米国を核兵器廃絶の目標まで持っていけるだろうか。

 私は核拡散の危険を問題にするだけでは、核廃絶の可能性は小さいと言いたい。米国は、こうした指導者たちが指摘する理由によって、過去60年以上にわたって核保有国であったわけではない。核武装国家であり続けた原動力は、核兵器が有益で、正当性があり、それ故に所有が許容されるという理由からではない。むしろそれは、核兵器製造者たちのもうけの手段であったからだ。膨大な核兵器を造り出してきた背景には、米国社会の一部が核兵器産業から巨額の利益を得ているからである、と私は信じている。

 これらの勢力は、今こそ新しい「より安全」な次世代核兵器を購入すべきだ、と米国政府を説き伏せるのに熱心である。このような政策には大金がかかっている。これまで政府に核兵器を売ることで多大な利益を上げ、今も上げている人々は、安全保障や道徳的に説得力のある議論に出くわしても、簡単に敗北して引き下がりはしない。

 反核陣営にいる私たちの主張が「正しい」ことを理由に、核廃絶を達成できると信じる限り、成功までにより時間がかかるだろう。私たちが経済を基礎に、核兵器擁護派と闘いを始めるまでは、核兵器製造の背後にいる勢力と直接、対峙(たいじ)することはできないだろう。核兵器製造者たちは、私たちが60年余にわたって核兵器の保有が正しいか間違っているかを議論し続けていることにほくそえんでいる。この議論からは、核兵器製造で利益を得ていることの善悪を直接問うことにならないからだ。

 私は、核兵器のない世界に向け、私たちと考えを共有するオバマ次期大統領に望みをかけていないわけではない。実際、私たちは素晴らしい機会に遭遇している。

 ただ、就任後のオバマ大統領には、難題が山積している。現在直面している深刻な経済危機を前に、米国民を再結集するために彼が選択できる優先課題は、おのずと限られる。恐らく次期大統領は、最優先課題として核廃絶よりも、米国民の日常生活を脅かしている保健医療の改革に取り組むだろう。

 しかし、もし、人気のある大統領が核廃絶を最重要課題に取り上げ、戦争や核兵器製造から利益を得る人々に対抗して国民の意見を効果的に結集することができるなら、核兵器廃絶への真の道が開けるだろう。

 オバマ次期大統領が、核兵器廃絶を最重要課題に選び、核兵器産業に対抗する国民運動を主導することを願おう。しかし、ただ待ちの姿勢でいてはいけない。私たちは反核運動の対象として、核兵器製造者の命令に従うだけの政治家から、大量殺人兵器を生産して利益を上げる人々に焦点を当てなおす必要がある。公に非難の声を浴びせることで彼らに大きな代償を払わせ、利益を上げることができないようにしよう。

ロバート・ジェイコブズ
 1960年、米イリノイ州シカゴ市出身。2004年、イリノイ大で博士号(歴史学)取得。05年10月から現職。専門は冷戦下の核兵器の文化と戦争史など。

(2008年11月9日朝刊掲載)

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