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社説・コラム

コラム 視点 「核軍縮へ鍵にぎる英国市民」

■センター長 田城 明 

 過日、広島市内の私立校に短期留学している英国の中・高校生十数人に核問題について話す機会があった。被爆者から63年前の悲惨な体験を聞いた後の彼らに、現在の世界の核状況や英国にも核実験などによるヒバクシャがいることを説明した。

 核保有国はどこか。英国はどこで核実験をしたか。今いくつの核弾頭を持っているか。運搬手段は何か…。生徒たちは、これまで核問題についてだれからも学んだことがないのだろう、自国の現状についてさえ何も知らなかった。

 1952年、米ソに次いで3番目の核保有国となった英国。オーストラリアの砂漠や太平洋の島で大気圏や地下核実験を繰り返し、60年代後半から70年代にかけて400発余りの核弾頭を保有した。「対ソ脅威」を名目にした核開発。だが、91年のソ連崩壊で、核保有の理由は実質的になくなった。

 現在の核弾頭数は、予備貯蔵分を含め約200発。ピーク時に比べ半減したとはいえ、最近はほとんど減っていない。「攻撃されにくい」とされる原子力潜水艦4隻に配備されている。政府発表によると、1隻につき48発の核弾頭を水中発射型ミサイルに搭載。常時、1隻が海洋の潜航パトロールに就いている。

 「搭載されている核弾頭1発の爆発規模は?」。生徒たちに、それが100㌔㌧であることを説明する。広島型(十五㌔㌧)の約7倍。原爆資料館の被災現物資料や写真展示などで核兵器の威力を目の当たりにし、被爆者の証言に耳を傾けたばかりの彼らには、その破壊力がどれほどのものであるか想像できる。それが1隻で広島型の320倍…。

 感受性豊かな少年少女たちである。事実を知ることで、彼らの未来を覆う核の脅威をなくすためにどうすればいいのか、きっと考え始めるだろう。

 英国には58年に設立された反核市民団体「核軍縮キャンペーン」(CND)など、核軍縮・廃絶のために活動を続ける市民の長い伝統がある。「ファスレーン365」という非政府組織(NGO)は、スコットランドにある原潜基地ファスレーンの名にちなんで付けられた。彼らは毎日のように、基地前や周辺でビラ配りや座り込みなど抗議行動を続ける。非暴力直接行動を貫き、これまでに多くの市民が検挙されている。

 国連の軍縮週間が始まった10月27日には、英国の核兵器研究・製造の拠点施設があるオールダーマストンで、数百人が参加して非暴力による施設の大規模封鎖行動が行われた。行動を呼びかけた1人、軍縮NGO「アクロニム研究所」のレベッカ・ジョンソン所長は、英国市民の反核意識は高まっているという。

 今年8月、ヒロシマ平和メディアセンターと広島平和研究所が主催して被爆地で開いた国際シンポジウムに出席したジョンソンさんは、こう聴衆に語りかけた。「核兵器廃絶運動が英国で盛り上がり、自国政府が核抑止力の考え方から脱却し、新型核ミサイルの配備を断念すれば、世界規模での核軍縮につながる重要な役割を果たせる」と。

 英国のブラウン首相をはじめ、政府要人や元高官らが、核テロの脅威が増すなかで、核軍縮に向けて積極的な発言を始めた。とはいえ、英国が一方的に核軍縮・廃絶に向け政策転換をしたわけではない。核兵器関連産業など既得権益を擁護する動きも強まっている。

 「英国は独自の核政策を堅持しているように見えても、本当は米国のコントロール下にある」。労働党の元長老議員で閣僚経験もあるトニー・ベン氏は、かつて私にこう言った。米国のイラク戦争に英政府が同調したように、ブッシュ政権下では、英国独自の核政策は望むべくもなかったのかもしれない。

 だが、核兵器廃絶を目標に掲げる米民主党のオバマ氏が新大統領に就任すれば、核軍縮に向けた英国政府の核政策の幅も広がるだろう。そのとき、政府に圧力をかけ、大きな力となるのが国内の反核世論である。現在の核保有国の中で、核廃絶を求める動きが最も活発なのは英国だ。英国民が近い将来、核軍縮・廃絶への原動力になる可能性は高い。

 「ヒロシマ」について学んだ少年少女たちは、帰国後もきっと核問題について関心を寄せ続けてくれるだろう。「英国から核兵器がなくなるように努めてください」。証言した被爆者と私は、それぞれ話をこう結んで彼らに願いを託した。

(2008年11月3日朝刊掲載)

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