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社説・コラム

拝啓 オバマさま ヒロシマ・ナガサキからの手紙

■ヒロシマ平和メディアセンター事務局長 難波健治

 米大統領選挙で「核兵器のない世界」を公約に掲げた民主党のオバマ氏が共和党のマケイン氏を破り圧勝した。初の黒人大統領誕生で、超大国は核政策でも「チェンジ(変化)」するのだろうか。選挙戦とその結果、今後の米国の核兵器政策について、岡本三夫・広島修道大名誉教授と土山秀夫・元長崎大学長に、オバマ氏あての手紙を書いてもらった。また、広島市を訪れた、米国在住のフリージャーナリスト薄井雅子さんに直接見聞きした大統領選挙について聞いた。

非核へ連帯しましょう
広島修道大名誉教授 岡本三夫

 オバマさん、おめでとうございます。こんな圧勝になるとは予想していませんでした。オハイオ州で勝ったことも驚きでしたね。私の妻が、かつて同州のデイトンに住んでいました。まさに白人の街で、黒人はみんな川向こうに住んでいるという感じでした。白人中間層の多いこの州でもあなたが勝利されたことに、この選挙にかける有権者の熱い思いを感じました。

 多くの識者が指摘しているように、あなたの勝利の立役者は、まさに8年間のブッシュ政権そのものです。

 ブッシュ政権を先導したネオコン(新保守主義者)の言動にみられるように、米国はお山の大将でした。圧倒的な軍事力さえあれば何でもできると思っていた。ところが、アフガニスタンでもイラクでもそうならなかった。そこであなたは「イラクからの早期撤退」を約束し、マケイン候補は「われわれのアメリカが負けを認めることは絶対できない」と兵力増強を主張した。その考えを国民はもう卒業していたのにね。

 私は1960年、25歳で米国に行き、ボストン近郊とフィラデルフィアで4年間暮らしました。そのころはキリスト教会にも「ホワイト オンリー」と書いてあったほどでした。やがて、キング牧師の公民権運動が起こり、カトリックのケネディが大統領になった。アメリカという国はバカにしたもんじゃないぞ、とその時も思ったものです。

 あなたの言う「チェンジ」を国民は切望しています。それは現在の米国が国民の暮らし向きも含めて相当ひどい状況にあることの裏返しです。

 あなたが大統領になったからといって、米国がいっぺんに平和国家に変わったり、国民生活が一気に改善されたりするとは思えません。でも、私は広島の市民として、平和、核兵器の問題で、私たちが目を見張るような新政策を打ち出されることを期待しています。

 キッシンジャー氏ら元高官4人は「核兵器のない世界の方が安全だ」と言いだしましたね。世界中の核兵器がなくなれば、テロリストに渡る心配がなくなる。通常兵器で米国は圧倒的優位に立っているから、そのほうが米国には好都合だということかもしれません。

 広島の私たちはこれまで通り、核兵器廃絶を訴え続けます。キッシンジャー氏らとも連帯していきます。核兵器に関する限り同じ立場に立てるからです。そしてオバマさん、あなたとも連帯したい。

 経済危機がここまで深刻化し、貧困や格差の問題は放っておけないところまできています。膨大な経費を必要とする核兵器は見直さざるをえません。世界は非核の方向に向かうしかないのです。

岡本三夫(おかもと・みつお)
 1933年栃木県生まれ。元日本平和学会会長。現在は「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」共同代表。75歳。


NPT会議 注目します
元長崎大学長 土山秀夫

 オバマさん、あなたが目指す方向に私は期待しています。ただ、それを実現するには長い時間がかかるだろうとも思っています。

 米国の知人に、選挙中のスピーチを送ってもらい、読みました。

 あなたは、米大統領選の候補者として初めて「自分は核兵器のない世界を目指す」と明言しましたね。民主党の政策綱領にも明記されました。この発言は単なるパフォーマンスではないと思います。なぜなら内容がとても具体的だからです。

 あなたは「アメリカだけで核兵器を廃絶することはしない。核兵器が存在する限り抑止力は維持する。しかし、核兵器廃絶に向けてNPT体制のもとで義務を遂行する」と言っています。積極的な発言です。米国単独でなく、核保有国全体で核のない世界を目指すという明確なメッセージだと受けとめました。

 また、「ロシアと交渉する」として(1)核兵器の数と核分裂性物質を劇的に減らす(2)核弾頭の発射・警戒態勢を解く(3)中距離ミサイルをなくす、ことを挙げました。これが米ロ間でまとまれば、他の核兵器保有国との間にも広げたい、とも。

 包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を「超党派の合意を得てやりたい」▽信頼性のある代替核弾頭(RRW)計画に「予算をつけるつもりはない」▽ミサイル防衛システム(MD)は「効果が確認できないので予算を削減」▽「宇宙の武装化はしない」とも発言されました。

 これらの公約が、今後どう具体化されるのか。その試金石は、1月に行われる大統領就任演説の内容であり、2010年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で米代表がどんな発言をするか、ということでしょう。

 以上は核兵器政策の話。安全保障全般になると、話はまた別のようですね。イラクから撤退してもアフガニスタンで戦うということになれば、日本への負担要求がさらに増えるのではないでしょうか。

 キッシンジャー氏ら元高官4人の提言も「核兵器をなくそう」ですが、軍備をゼロにしようと言っているのではありません。アメリカの安全保障のこれからを、非常にクールに判断し、どうするのが最も有効か、を考えたのだと思います。

 でも、ヒロシマ・ナガサキが目指すところと、核超大国アメリカの動きが重なり始めた、とも言えます。核兵器をなくすことに限れば、遅まきながら、光が見えてきました。

 私たちはこれからどう動くか。自国の政府を動かすことによって各国への影響力を広げたい。一番の問題は被爆国として「核兵器廃絶」を声高に発言する一方で、あなたの国の「核の傘」の下にいるという矛盾です。

 そのためには、日本を含む北東アジアを非核兵器地帯にするというのが、もっとも近道だと考えます。

 日本と韓国、北朝鮮を非核兵器地帯化する一方、核兵器を持つ米中ロの3国は日本など3国に対して核攻撃をしない。そういう条約を6カ国間で結ぼうというものです。この構想で私たちは日本政府を動かします。核兵器のない世界をつくるため、オバマさんも賛同いただけませんか。長崎から、心よりお願いする次第です。

土山秀夫(つちやま・ひでお)
 1925年長崎市生まれ。被爆者。「世界平和アピール7人委員会」委員、核兵器廃絶ナガサキ市民会議代表。83歳。


市民の願い どう実現
米在住ジャーナリスト 薄井雅子

 予備選のときから、オバマ氏の集会にはどこからわいて出るのだろうか、といった感じで人が集まった。「山が動いた」とも言える選挙結果だ。

 オバマ氏の演説は、対外政策ではマケイン氏とどっちつかずの印象があった。オバマ氏も「強いアメリカ」「強い大統領」を意識した発言をしてきた。選挙戦の終盤にはそのトーンがさらに強くなっていった。

 オバマ氏は当初、イラク戦費を医療問題など社会福祉にまわすとし多くの国民の期待を集めた。本選挙になってからはイラクとアフガニスタンの両方で戦ったのでは戦費がもたないし兵力も少ない。だから勝つためにアフガンに力を集中しよう、と言いだした。

 知り合いの経済学者によれば、軍需産業はマケイン氏を応援し、金融機関や保険会社、不動産、サービス産業などはオバマ氏を推した。オバマ氏がアフガンの戦争拡大を言いだしたとき、私は、オバマ氏は軍需産業とも妥協したと思った。

 米国内には、他国への軍事干渉はいいことなのか、それともやってはいけないことなのか、という議論がそもそもない。平和運動家は「軍事干渉はいけない」と思っているが、国民の間でそういう問いかけはない。アメリカはとにかくナンバーワンの国なんだと思っている。軍事的にその地位を保ち続ければ世界は安泰だ、という思いこみがある。

 このたびの大統領選で感じたのは、二大政党制の限界と弊害だ。全米に放映されるテレビ討論に登場するのは、民主・共和両党の候補だけ。米国の核政策の根本にある「軍産複合体」が問題だとして立候補したラルフ・ネーダー氏や緑の党の候補もいた。でも彼らはマスコミから無視され、候補者討論会にも出られなかった。

 オバマ大統領が誕生しても、彼だけでアメリカは変わらない。むしろ国内の矛盾をかわそうとして、さらなる負担を他国に押しつけてくる可能性がある。

 ただ、忘れてならないのは、今回の選挙を通して目覚めたたくさんの人たちの存在だ。人種の壁を乗り越え、「山」を動かした市民たちの願いを実現する政治をどうつくり出すか。それは「対テロ戦争」のまやかしを見抜き、生活苦をもたらすものの根本を見極めていく、国民の力でしかない。そして日本も、アメリカについていきさえすれば安泰だ、という神話を打ち破らなければならない。

薄井雅子(うすい・まさこ)
 1954年福島県生まれ。2002年から米国ミネソタ州在住。著書に「戦争熱症候群―傷つくアメリカ社会」など。

(2008年11月17日朝刊掲載)

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