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社説・コラム

コラム 視点 「米核政策・2つの潮流と日本の課題」

■センター長 田城 明

 今年9月、ブッシュ米政権の現役閣僚2人の連名で「21世紀における安全保障と核兵器」と題した論文が発表された。核兵器の開発や使用に直接かかわるエネルギー省のサミュエル・ボドマン長官と国防総省のロバート・ゲイツ長官である。

 論文の趣旨は、米国の安全保障にとって「核戦力は究極的な抑止能力の代表であり続ける」というものだ。安全で信頼のおける核兵器の維持・管理や、それを支える核関連施設などの下部構造は「国益にとって最も重要である」と記述する。

 さらに、核弾頭の安全性を高め、核実験なしでも確実な爆発の保証を得るために、既存の核弾頭を「信頼性のある代替核弾頭(RRW)」に変更する必要があるとも。

 2人の主張は、ジョージ・シュルツ、ヘンリー・キッシンジャー両元国務長官ら米元高官4人が、昨年と今年の2度にわたって「核兵器廃絶」を米紙で訴えた寄稿記事を真っ向から批判する内容となっている。ブッシュ現政権が、これまでに取ってきた核政策路線と変わらない。核兵器や核物質がテロリストにわたる危険性や、北朝鮮、イランなど核拡散が進む現状認識は元高官らと似ていても、対応すべき核政策の方向性はまったく違う。

 しかも、現閣僚の論文は、米国の核抑止力は北大西洋条約機構(NATO)やアジアの同盟国にとっても、「米国の安全保障を確約するものである」と力説。「『核の傘』がなくなれば、非核の同盟国が独自の核戦力を開発・配備する必要性を感じるかもしれない」と懸念を示している。同盟国についての具体的な言及はないが、アジアでは日本、韓国、台湾を指しているのは明白である。

 一方、核兵器廃絶に向けて「行動が必要」と説く側にも、核テロの危険だけでなく、次のような理由も背景となっている。つまり、多数の米核配備を前提にした伝統的な核抑止力への依存は、中国核戦力の近代化を一層促し、それが脅威となって日本や韓国、台湾の核保有への誘惑を強める。さらにインドは中国に対抗して核戦力を強化し、パキスタンはインドに対して同じ措置を取る。世界の核状況は、悪化の一途をたどる、というわけである。

 被爆者ら日本の市民による核兵器廃絶努力があり、日本政府も常々「唯一の被爆国」を唱えてはいるが、米国の政治指導者らは日本を「潜在核保有国」とみなしている。ヒロシマ平和メディアセンターが今年5、6月に実施した核兵器に関するアンケートでも、海外の市民や非政府組織(NGO)からは政府に対して厳しい声が寄せられた。

「日本の人々は核兵器廃絶の主張を伝えようと努力しているが、日本政府はそうではない。違法な戦争を支持し、自国の憲法を修正しようとし、軍国主義を復活させ、プルトニウムの生産・備蓄を行うなど二重のメッセージを発している」(米・女性・70歳以上)

 日本政府は被爆国として、国連総会に核兵器廃絶決議案を毎年提出しているが、米国の「核の傘」の下で核抑止力を肯定する国策を取っている。自民党保守派の政治指導者から、日本も核保有を検討すべきだとの発言が飛び出したり、田母神俊雄・前航空幕僚長のように自衛隊のトップが「攻撃的兵器の保有」を主張するようでは、日本の核武装への懸念が消えないのも、やむを得ないのかもしれない。

 核兵器廃絶を目指すというバラク・オバマ氏の米大統領当選を受け、核軍縮への期待を記者団に問われた麻生太郎首相の答弁にもそれは表れていた。麻生首相は、オバマ氏になっても「世界の核軍縮が急激に進むっていう感じがあるかというと、そんな簡単ではない」と、冷めた見方を示しただけある。被爆国のリーダーとして次期米大統領らと協力して、核軍縮・廃絶に向けて積極的に取り組むとの熱意は、みじんも伝わってこなかった。

 戦後、半世紀以上に及ぶ米国の「核の傘」への依存。自民党のみならず、かなりの日本の政治家たちは、冷戦後もなお米国への核依存の体質が身に染みついて、人類が直面する現在の核状況に対する危機意識があまりにも希薄なのではないか。

 シュルツ氏らは「(核兵器)ゼロに向かって進むというビジョン」を共有することの重要さを説く。それなしには、悪化する核状況をくい止めることはできないというのだ。

 日本の政治家で「核兵器はなくせる」「なくさなければならない」とのビジョンと信念を持ち、具体的な行動を取っている人は何人いるだろうか。被爆国日本が、世界の人々からいつまでも潜在核保有国のようにみられるようでは、核廃絶への力強いイニシアチブは取れまい。

 核状況だけを見ても、ブッシュ政権下の8年間は閉塞感(へいそくかん)が続いた。核廃絶を目標に掲げ、「チェンジ(変革)」を訴えて選ばれたオバマ次期大統領に、被爆地広島・長崎の期待が膨らむのも当然だろう。そして今、私たち日本の市民に求められているのは、核兵器のない平和な世界をつくり出すための、日本の政治の「チェンジ」である。

(2008年11月17日朝刊掲載)

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