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社説・コラム

広島発でアフガン復興へ ユニタール広島の奨学事業6年目

■記者 桑島美帆

 オバマ次期米政権が「テロ対策の主戦場」と明言しているアフガニスタン。国際的な関心が高まる中、国連訓練調査研究所(ユニタール)広島事務所が行う広島発の「アフガニスタン奨学プロジェクト」が6年目を迎えた。アフガン政府や国際非政府組織の関係者、技術者を対象にした能力開発研修で「アフガニスタン人による復興」を目指した支援事業だ。タリバン政権崩壊から7年がたち、再び治安の悪化が懸念される一方で、広島県と市の支援で成り立つ小さな援助活動は、アフガンの「復興」へ向けた礎を着実に築いている。

 「小さな企画だが、わが国の復興にとってとても大きな存在だ」。11月10日、アフガニスタン大使館(東京)で、広島実習を終えた今年の研修生たちを前にヘダヤット・アミン・アルサラ筆頭大臣(66)が力を込めた。

 今年の研修生は24人。外交官や学者のほか保健省、経済省で働く中間管理職、地方の道路整備などを担当する技師、国際機関の職員たち。200人の応募者から選ばれた。

 「地方のインフラや医療制度の確立」「女性の社会進出を実現」「大学にウェブサイトを」-。研修生は4月から8カ月間、アフガンでの仕事を続けながら、自分が抱える課題を研修のテーマに選んで運営能力や職務遂行能力を高めてきた。

 指導者はユニタール広島事務所のナスリーン・アジミ所長や広島大の教員ら日本国内のメンバーだけでなく、米国やカナダ、シンガポールに住むビジネスマンら19人が務める。インドでの集中講義のほかテレビ会議やメールを通して日常的な指導も行う。すべての課題をこなした研修生は最後の1週間、広島での実習を経て修了証書を受け取る。

 この支援事業は、2003年秋、広島県がユニタールを誘致した直後に始まった。当時副大統領として立ち上げを見守ったアルサラ大臣は「ここまで成果が上がるとは思わなかった」と驚く。

 国連開発計画(UNDP)が2006年にまとめた統計によると、30年に及ぶ紛争や度重なる爆撃で、アフガン人の平均寿命は45歳、大人の識字率は3割以下。インフラは壊滅し、地方の18%しか安全な水は行きわたっていない。限りなくゼロからの大がかりな援助が必要で、今年は68カ国・17国際機関が総額200億ドル(約1兆9000億円)を超える支援を約束。日本も国際協力機構(JICA)を中心に大規模な支援を展開している。

 ではなぜ、予算約30万ドル(約2900万円)、スタッフ30人で切り盛りする研修が「大事に育て後押ししていきたい」(アルサラ大臣)ほど、存在感を増してきたのか。

 2004年の着任以来、この研修に接してきたハルン・アミン駐日アフガン大使(39)は、(1)着実に優秀な人材を選び実効性がある(2)被爆地広島の行政や地域の人がかかわり、研修生のモチベーションが高まる、との2点を大きな強みとして挙げる。

 「小規模だからできる改善を重ねた結果だ」。毎年カリキュラムを作成しているユニタール広島事務所のフメイラ・カマルさん(40)は言う。特に初回の失敗が教訓になった。

 移行政権設立後間もないアフガンに人脈もなく、国連の出先機関などを通して参加者を募集した。ふたを開けるとメンバーの大半は「復興を担う人材」からはほど遠く、終始「英語教室」や「パソコン教室」と化した。

 「人材選びが生命線だ」。2期目からカマルさんたちは、前年のOBに官庁や民間企業から参加候補者の推薦や面接官を依頼。優秀なOBは「コーチ」として次期研修に加わる仕組みもつくった。

 さらに昨年、OBをスタッフにした首都カブールの業務拠点も設置し、同窓会組織を強化。選考過程で応募者の上司や同僚に将来性や性格などを確認し、「アフガンにとって必要な人材」を集める精度を高めた。

 昨年の研修生で今回コーチを務めたバーミヤン地方事務所の観光開発担当モハメド・アミール・フォラディさん(35)は「地元スタッフの指導だけでなく、支援国との交渉など研修成果を発揮する場は多い」と話す。

 目標を実現するための戦略を練る訓練も貴重だ。技師のグル・アフガン・サレさん(50)は、国内全域の水道整備に当たっている。「衛生面の確保や洪水対策など戦略をきっちり立てて事業を進めたい」と説明する。

 1979年のソ連軍侵攻以降、ムジャヒディン(イスラム戦士)やタリバン政権下で内戦やテロが続き、長年紛争状態にあるアフガン人にとって、「ヒロシマ」とのかかわりも大きな意味をもつ。

 カンダハルで地域振興を担当する技師カマール・サフィさん(34)は、原爆ドームと周りの景色とのギャップを目にし「広島の復興に携わった人がいかに志高く懸命に働いたか」を感じた。「『今日こそ死ぬかも』というアフガンでの生活はストレスもたまるが、広島が成し遂げた奇跡の復興を思い出しながら地域発展に努めたい」と言い切る。

 3歳の時に軍事クーデターがあり、「以後平和な暮らしを知らない」という欧州連合(EU)アフガン担当特別代表事務所のナジュラ・サブリさん(33)は、被爆者の体験を聞き「困難を克服しながら生き抜き、平和な生活を手に入れたい」との思いをより一層強くしたという。

 一方、この事業に対する広島での認知度は格段に低い。県の予算は徐々に縮小傾向にあり、当初協力的だった地元経済界の支援も途絶えたままだ。

 JICAの大島賢三副理事長(65)は「アフガン支援に世界各国の注目が高まるなか広島発の支援の意義は大きい。海外から資金を調達するなどして、継続強化すべきだ」と提案。JICAとの連携も模索したいとしている。


アミン駐日アフガン大使に聞く

 1979年のソ連軍侵攻以来、アフガニスタンの知識人や官僚のほとんどは罷免され、国外追放された。国家や自治体運営のノウハウは30年前で止まったまま、2002年に海外支援が始まった。

 この支援を最大限活用できるか否かは、われわれの国の力量にかかっている。ユニタール広島事務所の研修は、低予算で大きな効果を生んでいる。継続すれば、アフガンの自立につながる。

 2度訪れた広島で感じたのは「広島とアフガンの違いは核兵器による攻撃かどうか」という点。アフガンでも爆撃を受けた子どもが一瞬でひき肉のようになったり体を寸断されたり、ということが日常茶飯に起きている。

 被爆による壊滅から立ち上がり、現在の繁栄を築いてきた広島。そのありさまを見てアフガンの研修生がどれだけ勇気づけられ希望を感じているか。その重みを知ってほしい。

 ここ2、3年でタリバンやアルカイダの勢力が復活し、非常に不安定な状況が生まれている。米次期大統領の決断は待ち望んでいたことだが、軍事力の投入だけでは、テロは根絶できない。

 タリバンの多くは働き口がなかったり、親族が混乱の中で殺されたりしたことが活動の動機になっている。穏健派のタリバンを見極め、交渉することも必要で、軍事、政治、経済面から包括的な対策が欠かせない。その人材を、この奨学プロジェクトで育てたい。

(2008年12月1日朝刊掲載)

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