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社説・コラム

復興支援はや実績 広島大 平和構築人材育成事業2年

■記者 村島健輔

 紛争地域の復興支援を担う人材を育てるため2007年度から広島大の広島平和構築人材育成センターが取り組んでいるパイロット事業が実績を挙げている。国連機関に就職する研修生も誕生した。外務省の委託で実施した「平和構築人材育成事業」。国際機関や民間企業で経験を積んだ人、アジア各国からの研修生ら参加した58人は、実践的なカリキュラムを通し、復興を支える使命感や平和をつくるヒントを得ていったという。外務省はこれで2年間のパイロット事業を終え、予算を2倍近くに増額した09年度から本格事業として展開する。

参加58人 国連や紛争地でも活動

 難民の帰還や選挙支援、教育など平和構築の現場で文民の力が必要とされる場面は多い。しかしこれまで、日本が果たしている役割は決して大きいとは言えない状況だった。

 外務省によると2007年2月現在、国連の平和維持活動に携わる文民は世界で約6500人。うち日本人は23人と0・35%にとどまる。パイロット事業を主導した篠田英朗広島大准教授が「これまで文民の専門家育成は個別の組織が担ってきた」と指摘するように、国内では紛争地域の平和構築や復興を支援する仕組みづくりが十分ではなかった。

 こうした状況の中、パイロット事業に参加した研修生は一定の現場経験がある人だけでなく、民間企業から国際機関への転職を希望する「初心者」の人も多かった。「国際機関で働く上で欠かせない現場経験を積むことができる」「平和構築分野で就職先を探すため」などと参加した動機を打ち明ける。

 実践を柱にした1年間の研修を終え、「悩みや不安を共有できる仲間と出会えたことが収穫」と話す研修生の声も目立った。系統的なカリキュラムに基づき組織的に人材育成を図る意義は大きい。

 これまでに1期生と2期生を送り出し、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国連児童基金(ユニセフ)など国連機関の事務局に就職した人、コソボやスーダン、東ティモールなどで活動を始めた人がいる。

 こうした成果に外務省は2009年度、それまでの年約1億8000万円から約3億2000万円へと事業予算の規模を拡大。40-69歳の元公務員や民間の専門家を海外に派遣するシニア専門家コースや、現役の公務員や関係機関職員を対象とした平和構築基礎セミナーを新設する。

難民帰還通じ経験培う
1期生 古本建彦(たつひこ)さん(32)


 共同通信社の記者として松江市などで勤務し、権力の監視や選挙報道なども平和構築の一部と考えていた。しかし、「直接人を助ける仕事をしたい」と平和構築の世界へ飛び込んだ。経験と人脈が研修の成果だと話す。

 スーダンで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の難民帰還事業を担当した。「いつ危険な目に遭うか分からない中で人と接する時の注意点、効率的な支援のための支援機関の活動範囲の調整など、座学だけでは分からないことを学んだ」と振り返る。

 国連機関などで働く場合、長くても2年という短期契約が多い。しかも「現場経験がなければ雇ってもらえないが、雇ってもらうには経験が必要になる」のが現実。相談できる先輩の存在など、常に職を得る努力と人脈が欠かせないという。現在、国連開発計画(UNDP)職員としてネパールで活躍している。

進まぬ軍縮 あきらめず
1期生 荊尾(かたらお)遥さん(26)


 核拡散防止条約(NPT)再検討会議の傍聴体験などから、「平和構築を着実に進めていくことが軍縮の土台になる」との思いで研修に参加したという。

 広島市安佐北区出身。広島の平和団体メンバーとして2005年のNPT再検討会議に参加。翌年あった国連小型武器再検討会議には国連本部軍縮局のインターンとして携わったが、いずれの会議も成果を示せずに終わった。

 進まない軍縮交渉に感じたのは、まずは平和をつくり上げる必要性。研修では、紛争を抱えるアジアの研修生たちから実体験を聞き、「学校に入り直したような充実感があった」。同期生と電子メールで情報交換を続ける。

 現在、オランダの化学兵器禁止機関(OPCW)で、日本政府常駐代理専門調査員として働いている。

多様な思考 仲間に学ぶ
2期生 吉岡由美子さん(33)


 2008年まで国際協力機構(JICA)のヨルダン事務所などで中東地域の情報収集や復興支援を担当した。

 一貫して中東での平和構築にかかわる中で「自分の視野が狭くなるのではないか」との不安も抱き、「たくさんのバックグラウンド(背景)を持つ仲間の経験を吸収したい」との思いから応募した。

 アジアからの研修生も含めた同期生との会話を通じて「問題が起きた際、アジアでは問題解決を優先するが、中東やアフリカでは自らの利益を貫こうとし時間がかかることを再認識した」。同期生が話す体験談を自らの「疑似体験」とすることができたのも大きな収穫だったという。

 防府市出身。現在は日本の外務省に事務官として勤務している。

食料調達 熱い期待実感
2期生 福島葉子さん(31)


 民間企業の勤務経験を生かした復興支援を目指している。

 インド旅行を機に、貧困問題に関心を寄せ始めた。一方で「最前線に行くことだけが支援活動ではない」との思いもあった。「自分のできる範囲で支援活動をするのが私の考え。インフラ整備後の支援や教育も重要」と認識している。

 大学卒業後に勤めた民間企業で、情報技術(IT)のシステムづくりに必要な人材をそろえる仕事に携わった。当時から、将来の支援活動に役立つ分野だと意識していたという。

 ケニアで国連世界食糧計画(WFP)の研修を受けた。支援に必要な食料を小規模農家から調達する業務。国連を表す「UN」マークを付けた車に集まってくる子どもたちの視線に、期待されているとの実感を肌で感じたという。引き続きWFPでの仕事を希望している。

人脈づくり重視
広島大広島平和構築人材育成センター 篠田英朗(ひであき)事務局長

 日本では平和構築という分野に「イメージがわかない」人が多い。社会的に認知された仕事との理解を広めるのも、この事業に取り組んだ目的だ。

 平和構築分野で経験を重ねた人に加え、民間企業に勤務していた人を研修生に採用したのもその一環。いろいろな能力の人が、転職の対象に平和構築分野を選ぶようになれば、可能性も広がる。研修生が就職などで成果を示すことが社会へのアピールになる。

 研修を意義あるものにし、成果を出すために、事業の2年目で改善した部分がある。海外研修では、その国の実情をつかむための時間がかかることを踏まえ、期間を長くするなどした。すでに現場で活躍している人たちとのネットワークづくりも大事な課題であり、2年目は海外の人材育成機関のスタッフを招いてワークショップを開いた。

 広島は原爆で廃虚となり、復興を遂げた都市。ここで平和構築を学んだ研修生たちは、復興していく国々に希望を与えることができる。(談)

(2009年4月6日朝刊掲載)

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