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社説・コラム

評論 中川前財務相の核武装論発言 被爆地の議員は批判を

■センター長 田城 明

   中川昭一前財務相が19日にあった北海道帯広の地元での会合で、北朝鮮の核開発再開宣言に関連して、「核に対抗できるのは核だというのは世界の常識だ」として、日本も核武装について議論すべきだとの発言をした。国内外に大きな影響を及ぼす閣僚経験者の発言として見過ごせないばかりか、被爆国日本の国益にとっても害あって利なしと言わざるを得ない。

 中川氏といえば、2月半ばにあったローマでのG7(先進七カ国財務相・中央銀行総裁会議)閉幕後の記者会見で、国際メディアの前でろれつの回らないもうろう状態で発言。「世界に醜態をさらした」「国益をそこなった」と自民党内からも厳しい批判が上がり、閣僚辞任に追い込まれたばかりである。議員辞職を求める声もありながら、2カ月余り後にはこの発言である。

 北朝鮮のミサイル発射や核開発に怒りや失望を覚えない日本人は、私を含めほとんどいないだろう。だが、北朝鮮が小型核兵器を搭載したミサイルを、予告なしにいつ撃ってくるか分からない。だから日本も核武装論議をすべきだというのは、冷戦時代の「核抑止力」思考から抜け出せない、時代錯誤の発想というほかない。

 中川氏の発言は、ミサイルや核開発で実利を得ようする北朝鮮の瀬戸際外交に乗じて、日本の国民に危機感をあおり、ミサイル防衛強化や核武装を推進しようとしているとしか思えない。

 中川氏の論理に従えば、核拡散は止まらない。北朝鮮に対して韓国も必要だと主張しても不思議はない。中国に対して台湾も言い出しかねない。

 既に核兵器とミサイルを保有するイスラエル。中川氏は「イスラエルの脅威に対抗するため」というイランの立場に理解を示して、核開発を認めるのか。エジプトやサウジアラビアなど、その他の中東諸国へ核兵器やミサイルが広がるのをどうくい止めるのか。

 原爆の惨禍を知る被爆国日本が、核開発に取り組むようなことになれば、モラルの歯止めも利かなくなり、地球上は危険な「核のジャングル」と化すだろう。

 それでなくても、今や核物質が世界にあふれ、核兵器がいつテロリストの手に渡っても不思議ではない時代である。「核兵器は安全保障に役立つより危険が増す」「核抑止力依存は核テロに効果がない」。こう認識するからこそ、核抑止政策を推進してきた米国のキッシンジャー元国務長官らも核廃絶の声を上げているのである。

 原子力発電に大きく依存する日本のエネルギー事情。核保有を試みて国際社会から制裁を受ければ、原発に必要な核燃料も止められるだろう。このこと一つを取っても、日本の核武装など非現実的である。

 原爆投下国として道義的責任があり、核兵器廃絶に向けて行動するというオバマ米大統領。そのビジョンを共有して、米国をはじめ核兵器廃絶を求める国際社会と協力し合わなければならないときに、中川氏の発言は「平和国家」日本のイメージを大きく損なうものだ。

 しかし、自民党内には、こうした議論がくすぶっているようだ。被爆地広島・長崎選出の議員たちは、中川氏の核発言を聞き流すのではなく、党派を超えて真っ正面から批判すべきだろう。それでこそ「ヒロシマ・ナガサキの教訓」を深く理解する被爆地の議員としての役割を果たせるのではないか。

(2009年4月21日朝刊掲載)

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