×

社説・コラム

『核兵器はなくせる』 NPTの課題 <下> 超大国の行方

■ヒロシマ平和メディアセンター編集部長 江種則貴

オバマ構想具体化が鍵 年内にNPR更新

 核拡散防止条約(NPT)再検討会議準備委員会の討議が佳境に差し掛かった13日、会場の国連本部ビルに広島で被爆した笹森恵子(しげこ)さん(76)が姿を見せた。「一カ月前に転んで背骨を痛めたの。でも、もう大丈夫」

 西海岸のロサンゼルス郊外で暮らす笹森さん。ニューヨークの知人を訪ねていると知った非政府組織(NGO)関係者が国連に招いたのだった。早速、準備委を傍聴していたNGOメンバーたち10人に囲まれ、13歳だった「あの日」の体験を話した。繰り返してはならないと訴えた。

 証言活動をはじめ、笹森さんは広島市が全米で開催中の原爆展に協力するなど、原爆を投下した国でこつこつと平和を訴えてきた。そんな取り組みが今、オバマ大統領の「核兵器のない世界を目指す」構想を下支えしているのは間違いない。

 今回の準備委の論議を実質的にリードしたのも、まさにオバマ氏の政策だった。

 2日目の5日。演説した米国代表は米ロ間で新たな核軍縮条約交渉に着手し、包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期批准に取り組むなどオバマ氏の意欲的な核軍縮構想を紹介。「協力と合意形成に集中しよう」と建設的な議論を各国に呼び掛けた。

 核軍縮に前向きで対話を重視する超大国の姿勢を多くの国は歓迎した。そんな友好ムードで始まった準備委。その後も米国が強硬姿勢に転じる場面はなかった。

 国連外交筋が指摘する。「そこまで譲歩するのかと思えるほど、今回の米国は柔軟性を示した。国際社会からの期待に応えたい姿勢が表れていた」

 ただ、その米国代表が「詳細は来年まで待ってほしい」と言い訳めいた発言をする一幕もあった。オバマ構想が具体化するのはこれからの段階だからだ。

 米国は年内に核戦略の基本指針「核体制の見直し(NPR)」を8年ぶりに更新する。国内で核抑止信仰は根強く、上院がCTBT批准に動くかも未知数の状況で、NPRがどこまで具体的な核削減に踏み込むかが焦点だ。

 一方で米国は、イスラエルの事実上の核保有を黙認し、核兵器保有国のインドと原子力協力協定を締結。アフガニスタン情勢をにらみ、同じ保有国パキスタンへの支援もしてきた。核実験強行の北朝鮮、核開発疑惑のイランへの対応を含め、核拡散に対するスタンスが首尾一貫しているとは認めがたい状況だ。

 広島、長崎への原爆開発を秘密裏に進めた米国の「マンハッタン計画」。ニューヨーク・マンハッタン地区がその名の由来とされ、その一角に立つ国連本部で来年5月、NPT再検討会議が開かれる。国際社会は前世紀以来の核兵器開発競争にどう向き合い、どう終止符を打つのか。向こう1年間、オバマ構想の具体化の行方が鍵を握る。

  (2009年5月29日朝刊掲載)

関連記事
『核兵器はなくせる』 NPTの課題 <上>幻のペーパー (09年5月31日)

年別アーカイブ