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社説・コラム

オバマ大統領 広島招請 熱い期待 重い課題

■記者 明知隼二

 オバマ米大統領を被爆地に招き、核兵器廃絶への一歩を刻もう―。そんな声が広島のあちこちから聞こえてくる。「核兵器のない世界を追求する」と高らかに宣言した4月のプラハ演説以来、廃絶への国際機運が一気に高まったからだ。原爆投下国の現職大統領の被爆地訪問はどんな意味を持つのか、実現を目指すとすれば広島は今、何をなすべきだろうか。

「道義的責任」軍縮に追い風

 「核兵器を使ったことのある唯一の核保有国として、米国には(核兵器のない世界に向けて)行動する道義的責任がある」。プラハ演説でオバマ氏はこう宣言した。

 米大統領として初めて「道義的責任」に触れたこの演説以来、各国の指導者たちから核軍縮や廃絶に前向きな発言が相次ぐ。

 5月に米ニューヨークであった核拡散防止条約(NPT)再検討会議の準備委員会では、参加国が次々と核超大国が主導する核軍縮への期待感を表明。7月の主要国(G8)首脳会議(ラクイラ・サミット)では、「核兵器のない世界に向けた状況をつくると約束する」と首脳声明に盛り込んだ。

 こうした流れを踏まえ、オバマ氏を広島に招こうとの活動が相次ぐ。被爆者団体や平和団体、政治家だけでなく、被爆者個人や中高生ら幅広い層が声を上げているのが特徴だ。

 米大統領は歴代、「多くの米兵と日本人の命を救った」などと原爆投下を正当化し、現職で被爆地を訪問したケースはない。一方、対話姿勢への転換を強調しているオバマ氏だけに、被爆者の証言を聞き、原爆資料館の展示に触れれば、核兵器廃絶に向けた具体的な行動を起こしてくれるに違いない―。そんな期待が膨らんでいる。

崩せるか 投下正当化の壁

 オバマ氏は実際に、ロシアとの新たな核軍縮条約交渉で弾頭数の削減など一定の合意を得たのをはじめ、包括的核実験禁止条約(CTBT)批准への努力、NPT体制の強化などを言明した。

 一方、プラハ演説では道義的責任とともに、核兵器が存在する限りは自国と同盟国のために抑止力を維持すると明言した。廃絶の実現は「私の生きているうちではないだろう」とも語った。

 さらに厳密には、道義的責任と口にしても、原爆投下そのものを明確に否定し謝罪の意を表明したわけではない。

 オバマ氏は米コロンビア大の学生時代に、すでに「核なき世界」のビジョンに触れる論文を執筆している。だが米市民の間では今も、原爆投下を正当化する声が根強いとされる。米大統領として、国内世論と方向性の異なる施策は打ち出しにくいのではないか。

 「大統領の被爆地訪問が(原爆投下への)謝罪だと受け止められる状況は確かにある。政治生命すら失いかねない決断となり、すぐに広島に来るとは考えられない」と広島市立大広島平和研究所の浅井基文所長はみる。

 実際に、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは社説で道義的責任発言に対し、「隠しようもなく広島への謝罪であり、(原爆投下で)百万の命を救ったトルーマン(当時の大統領)の記憶への侮辱だ」と強く非難した。米国が非を認めることに世論は敏感とみられ、オバマ氏の広島訪問への大きな壁となりそうだ。

どう伝える 被爆地の主張

 浅井所長はオバマ氏の現在の「立ち位置」について「核抑止論と廃絶論との綱引きの真ん中に立っている」と表現する。「広島の役割は、核兵器廃絶の立場からオバマ氏を論理的に説得し、核抑止は政策選択としてありえないと認識させることだ。オバマ氏を呼ぶにしても、米国の世論を説得するなど具体的に障壁を取り除いていく作業が必要だ」と指摘する。

 同時に「きっと廃絶を進めてくれる」といった「オバマ氏頼み」とも思える被爆地の現状に、浅井所長はいらだちを隠さない。「訪問をお祭り騒ぎにしてしまえば、廃絶はむしろ後退するだろう」

 また、核兵器廃絶を国際社会に訴え、同時に米国の「核の傘」に自国の安全保障を頼る被爆国日本政府の姿勢は、「二重基準」との批判を浴びてきた。オバマ氏の被爆地訪問を日本政府が真剣に後押しするかどうかは不透明だ。

 オバマ氏の広島訪問実現への環境を整えるには、「核兵器の使用を再び繰り返してはならない」との原点から、被爆地の主張をあらためて鍛え上げていく取り組みが必要ではないか。核軍縮機運が高まる今だからこそ、廃絶は遠い将来の絵空事ではなく、現実の選択肢であることを、被爆国政府や国際社会に向けて丁寧に説明していく営みが欠かせないのではないか。

 オバマ氏は「核なき世界」への理想をうたう一方、核超大国の為政者として抑止力を維持するという現実にも立脚している。廃絶を求めて被爆地が発する言葉は、政治家オバマ氏の理想を現実の行動へと変えていく原動力であるべきだ。被爆地訪問をそのための機会としたい。

プラハ演説要旨
 一、何千もの核兵器は最も危険な冷戦の遺物だ。世界核戦争の脅威は減ったが、核攻撃の危険は増した。より多くの国がこれらの兵器を手にした。実験は続いている。闇市場では核に関する秘密や資材が取引されている。爆弾製造技術は拡散した。テロリストたちは核爆弾を買い取り、製造し、あるいは盗み取ろうと決意している。こうした危険を封じるための努力の中心に、世界的な不拡散体制がある。

 一、核を持つ国として、そして核兵器を使用したことがある唯一の国として、米国には行動する道義的な責任がある。われわれは独力で成功できないとしても、努力を主導することはできる。

 一、米国は核兵器なき世界の平和と安全保障を追求することを、今日、確信を持って宣言する。しかし、ゴールにはすぐにはたどり着けないだろう。おそらく、わたしが生きている間ではない。

 一、冷戦思考に終止符を打つため、われわれは国家安全保障戦略における核兵器への依存度を下げ、他国にも同調を促す。  一、ただ、これらの兵器が存在する限り、われわれは安全かつ効果的な兵器を維持して敵に対する抑止力を保ち、われわれの同盟国の防衛も保証する。

 一、弾頭数を減らすため、ロシアと新たな戦略兵器削減条約の合意に向け交渉を進める。

 一、全世界的に核実験を禁止するため、米国は積極的に包括的核実験禁止条約批准に向け、まい進する。

 一、核兵器用の核分裂物質の生産に検証可能な形で終止符を打つ「兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約」の交渉開始を目指す。

 一、核拡散防止条約体制を強化する。

 一、テロリストが絶対に核兵器を入手しないようにしなければならない。世界中には安全管理されていない核物質がある。市民を守るには迅速な行動が必要だ。4年以内に世界中の核物質の安全を確保するために、新たな国際的な努力を表明する。

 一、米国は1年以内に「世界核安全サミット」を主催する。

(2009年7月20日朝刊掲載)

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