×

社説・コラム

核と衆院選 広島1区 被爆地の願い 国政へ

■記者 林淳一郎

 核兵器をめぐる国際情勢がめまぐるしく動く中、18日公示の衆院選(30日投開票)は、被爆国日本の外交、安全保障政策の針路を問う重要な機会となる。核超大国米国のオバマ大統領が「核兵器のない世界」の実現に向けた努力を誓い、日本がその同盟国の立場であり続けるならば、被爆国の次期政権はどんな政策を打ち出していくべきだろうか。さらに北朝鮮の核実験強行など身近な核の脅威に対処し、自国の安全をどう守っていくのか―。原爆投下から64年目の夏、被爆地の願いを携え、爆心地のある広島1区(広島市中、東、南区)から国政を目指す立候補予定者6人に問うた。

 衆院選の公示まで2週間を切った6日朝、中区の平和記念公園に広島1区の立候補予定者のほとんどが姿をみせた。原爆慰霊碑に花輪を手向ける人、こうべを垂れる人…。それぞれが鎮魂の祈りを原爆の日にささげた。

●外交・安保

 自民党前職の岸田文雄氏は、外交、安保の基軸は日米同盟だとし「その信頼性を高めるべきだ」。さらに「被爆国としての立場は主張しなければならない」とも指摘する。

 一方、民主党新人の菅川洋氏は、オバマ米大統領が唱える「核兵器のない世界」に向け「積極的な外交努力が必要」と断言する。

 共産党新人の藤本聡志氏は、米国の「核の傘」からの離脱を主張し「憲法9条を生かし、世界とアジアへの平和貢献」が被爆国の使命とする。社民党新人の上村好輝氏は、核兵器の使用は核攻撃への反撃に限る「先制不使用宣言」を重視。2020年までの廃絶達成への努力も挙げる。

 核実験やミサイル発射を相次いで強行した北朝鮮に対し、「国防強化が最優先課題」と幸福実現党新人の山本浩徳氏。無所属新人の中村文則氏は「非核の国として核に頼らない防衛構築」を訴える。

●非核三原則

 被爆国の国是である核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則は今、米艦船の核持ち込みをめぐる「密約」問題で揺れる。

 こうした状況に、岸田、菅川、中村の3氏は三原則の「堅持」を主張する。上村氏も「国民全員が守るべき原則」と法制化を訴える。藤本氏は「核密約の公開、破棄」も説く。山本氏は「今、議論すべき問題とは思わない」との認識だ。

●廃絶への取り組み

 オバマ大統領が提唱した「核兵器のない世界」は被爆地の悲願に通ずる。その実現に向けた被爆国政府の姿勢について、岸田、菅川両氏はそれぞれ「議論をリードする積極性」「先頭に立っての行動」を重視。包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効に努め、来年春の核拡散防止条約(NPT)再検討会議などがアピールの場になるとみる。

 藤本氏は、米国の核に頼る日本政府の姿勢を廃絶への「妨害」ととらえ、改めるべきだと指摘。上村氏は、核兵器を持たないと誓う「非核法の制定」を提唱。北東アジア非核地帯の創設も掲げる。

 山本氏は「廃絶への国際潮流はまったく芽生えていない」とみる。中村氏は「オバマ大統領の後押しが被爆国の役割」と明言している。


「廃絶」に言及も 各党の政権公約

 各党が示すマニフェスト(政権公約)。自民党は「核兵器廃絶」の文言は盛り込まず「北朝鮮のミサイルや核の脅威から日本を守る」と明記。日米同盟を軸にした防衛力強化に力点を置く内容だ。

 一方、政権交代を期する民主党は「緊密で対等な日米関係」「核兵器廃絶の先頭に立つ」。兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約など、新たな核開発や拡散の防止策にも触れている。

 公明党、共産党、社民党、国民新党、みんなの党も「廃絶」に言及。共産、社民両党は加えて、核密約問題の真相究明と非核三原則の厳守をうたう。

 改革クラブは北朝鮮情勢に対し「外交力を強化し、防衛力の整備に努める」。新党日本の外交政策には核兵器に直接関連する言及はない。このほか、政党要件を満たしていない幸福実現党は「北朝鮮、中国の軍事的脅威に対し、防衛体制を築く」と主張している。

★各政党がマニフェストに掲げる核兵器関連の外交・安全保障政策要旨

●自民党
 弾道ミサイル防衛システムの配備を進め、大規模なテロ・ゲリラ、NBC(核、生物・化学)兵器などへの対策を強化する▽国の防衛政策上の観点から国内の防衛産業の技術基盤を維持・強化し、技術開発と共同研究の抜本的な改革を進め、わが国の技術レベルの向上に努める

●民主党
 緊密で対等な日米同盟関係をつくるため、主体的な外交戦略を構築した上で、米国と役割を分担しながら日本の責任を積極的に果たす▽北東アジア地域の非核化を目指す▽CTBTの早期発効やカットオフ条約の早期実現に取り組む▽2010年のNPT再検討会議において主導的な役割を果たす

●公明党
 国際社会との連携を強め、核軍縮・核不拡散体制の基礎となるNPT体制の強化を図るなど、「唯一の被爆国」として核廃絶への具体的一歩を進める▽CTBTの早期発効を目指すとともに、カットオフ条約の成立へ向けて、関係国政府・国際世論に対する働き掛けを強め、交渉の早期開始を図る

●共産党
 地球上から核兵器をなくすために積極的な役割を果たす▽核密約の全ぼうを公開させ、名実ともに「非核の日本」を実現する▽北朝鮮の核開発を放棄させるために、6カ国協議の再開を求め、日朝両国間の諸問題の解決のために力をつくす

●社民党
 非核三原則を厳守し、被爆国として核廃絶の先頭に立ち、核なき世界をめざす▽6カ国協議の枠組みを発展させ、北東アジア非核地帯と北東アジア地域の安全保障機構の創設をめざす▽外交・安全保障関係の情報公開を進め、「密約」問題の真相を明らかにする

●国民新党
 新しい日米関係のあり方を追求する▽北東アジアの平和と安定、核廃絶に向けて、中国、韓国、米国、ロシアなど関係諸国と連携しながら、積極的な政治主導外交を進める▽北朝鮮との関係正常化には、政治指導者訪朝による、拉致、核、ミサイルの包括的解決が必要

●みんなの党
 唯一の被爆国として「核廃絶」の先頭に立ち、「核軍縮」や「核不拡散」に主導的役割。広島、長崎で世界軍縮会議を開催

●改革クラブ
 北朝鮮の核実験やミサイル発射などによって高まるわが国への脅威に的確に対処するため、日本の外交力を強化し、防衛力の整備に努める

●新党日本
 国際救助隊「サンダーバード隊」(仮称)を創設する(※核兵器関連の記述はない)


広島市立大広島平和研究所 水本和実准教授に聞く

 広島1区の立候補予定者と、各党のマニフェストが示す外交、安全保障政策について、広島市立大広島平和研究所(中区)の水本和実准教授(52)=国際政治=に聞いた。

 ―それぞれが掲げる外交、安保政策をどうみますか。
 広島1区では無所属の人を除けば、多くの予定者は党の立場を反映している。被爆地に言及している人もいるが、どれだけヒロシマの位置付けを明確にしていくか。日本の安全保障政策と非核政策にどう整合性を持たせるか。被爆地の代表として、具体像を有権者に示していく役目を担っている。

  ―党レベルでみるとどうですか。
 今回の衆院選は、自民党と民主党の次期政権をめぐる選挙戦の様相だ。その意味で、両党とも景気対策など国民生活の施策が前面に出て、外交、安全保障政策についてはさほど大きくとらえていないように思える。自民党としては、従来の路線を信任してもらう意味もあるのだろう。その他の党の多くは踏み込んだ記述も見られる。

  ―国際情勢への対応は重要な争点ではないでしょうか。
 米国のオバマ政権も新たな外交、安保政策を打ち出そうとしている。この時期に同盟国日本はどんな姿勢で臨むのか。かじ取りを決める衆院選だから、明確なビジョンが求められる。ただ、外交、安保問題は複雑で、大きな争点になりにくい面がある。

  ―有権者にとって実感がわきにくい分野ということですか。
 核兵器廃絶は多くの人が願うが、日本が頼る米国の核抑止力を今すぐ全面否定できるかというと、有権者は判断に迷う。関心はあっても抽象的な認識にとどまりがちだ。

 ―被爆地の声を国政に届けていくには。
 核兵器廃絶や核軍縮については、同じ党の中でも人によって関心度に差があったり、意見が割れたりする。有権者も党の枠にとらわれず、各立候補者の考えや主張をじっくり聞くことも肝心だ。被爆地の願いが政治の場に響いているのかどうか。選択の時、判断の鍵になる。さらに選挙後も国会議員の発言や活動をチェックする努力が必要になってくるだろう。

(2009年8月18日朝刊掲載)

この記事へのコメントを送信するには、下記をクリックして下さい。いただいたコメントをサイト管理者が適宜、掲載致します。コメントは、中国新聞紙上に掲載させていただくこともあります。


年別アーカイブ