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社説・コラム

NGOsひろしま カンボジアに歯科検診団 医療支援で平和を創る

■記者 桑島美帆

 広島県の後押しで、県内の非政府組織(NGO)を結集して5年前に発足したNPO法人「平和貢献NGOsひろしま」がカンボジアで、子どもたちの歯科検診を中心とした保健医療支援に乗り出した。

 今回の派遣団は広島大歯学部、広島経済大、広島南ロータリークラブを中心とした医師や学生たち45人。21日から22日にかけ、小学生の歯科検診や口腔(こうくう)衛生指導に当たり、カンボジア政府や現地の大学と協議しながら、腰を据えた支援計画を練る。

 「創(つく)り出す平和」を掲げた2003年から広島県が進めてきたカンボジア復興支援。財政難の県の関連予算は大幅削減の方向にあるが、被爆地発の平和貢献は民間の力で、新たな芽を生み出しつつある。

 道路は舗装されず、家々は質素。ごみのにおいが漂う。「懐かしいな」。今回のカンボジア保健医療支援派遣団で団長を務める歯科医師の柄(つか)俊彦さん(62)は、昨年夏に初めて訪れた現地で、そんな感覚に見舞われた。

 原爆投下2年後に生まれた。両親は本通り商店街(広島市中区)で陶器店を営んだ。今でこそ中国地方有数の繁華街も当時は復興と混乱のまっただ中。「同級生もみんな、つぎはぎだらけの服。とにかくすごく貧しかった」。カンボジアの光景は、幼少期の広島と重なる。

 2000年にベトナムで歯科検診や治療のボランティアを始めた柄さんは2004年、請われて「平和貢献NGOsひろしま」の設立に参加し理事に就任。昨年春の理事会で聞いた言葉が、カンボジアへ向かう契機となった。

 「みんな虫歯がひどいんですよ」。そう発言したのは2005年以降、毎年のように現地で健康診断を続ける麻酔科医師の藤本真弓さん(46)だった。

 柄さんはベトナムでも、歯科の治療設備が整わず、若い研修医が途方に暮れる姿を目にしていた。後輩で広島大歯学部長の高田隆さん(55)に声をかけた。「たまに行って歯を治すだけでは大海の一滴にもならん。復興を支えるには、カンボジアの医療制度再建や人材育成そのものにかかわることが重要だ」

 今月11日、今回の派遣団の参加者のうち約40人が広島大霞キャンパス(南区)に集まった。「カンボジアではポル・ポト派の大虐殺に歯科医師も多数が巻き込まれた。内戦終結から20年近くたった今も人材が育っていない」。高田さんは、今年2月に柄さんらと行った現地調査の様子を写真を交えて報告した。

 広島大歯学部は今回、教授や学生ら16人を派遣団に送り出す。シェムリアップ州のササースダム小で藤本さんらの健康診断と連携し、歯科検診を担当する。学生や歯科衛生士は紙芝居を使いながら、子どもたちに歯磨きを指導する。

 「虫歯予防も整わない国で、歯科医師としての自分の将来の可能性を広げたい」と歯学部6年の安藤俊範さん(24)は意気込む。

 広島経済大の学生10人は検診を手伝うほか、カンボジアの小中高生を対象にした副読本づくりの調査も兼ねる。副読本は、広島の被爆からの復興の歩み、日本の文化やスポーツ紹介を盛り込み、2011年春の完成を目指す。

 「現地の子どもや保護者に直接意見を聞き、本当に使ってもらえる本を目指す」。2度目のカンボジア訪問となるビジネス情報学科3年の石野秀幸さん(20)は、古里広島の復興史をあらためて見つめ直すようになったという。

 カンボジアの井戸建設と児童養護施設の資金援助を7年間続けてきた広島南ロータリークラブからも、広島大大学院病理学研究室教授の井内康輝さん(61)ら3人の役員が同行する。「医師不足が深刻と聞く。今求められている支援を再考したい」と井内さんは訪問の目的を話す。

 広島大歯学部は今回、首都プノンペンの大学と、留学生の広島受け入れも協議する。「カンボジアの歯科医療を支える優秀な人材を育てたい。広島大の学生の刺激にもなる」と高田さん。戦争の痛みを共有するカンボジアと「対等な関係」構築を模索する考えだ。


広島県の「平和貢献構想」 医師や教諭が現地で指導

 広島県のカンボジア復興支援プロジェクトは、2003年3月に県が策定した「ひろしま平和貢献構想」に基づく。災害や紛争による混乱期に現地で人道支援を進める「創り出す平和」の取り組みだ。

 カンボジアを支援先に定め、2005年度から本格着手。2007年度までの3年間を第1期とし、医療と教育の2本柱で展開した。広島から現地の小学校に医師や教諭らを派遣。子どもたちの健康診断の定着を図り、教科の指導方法を伝えた。3年間で予算計上した県費は計1018万円に上った。

 しかし、2008年度からの第2期で直接の予算はゼロ計上となり、医療支援からは撤退。教育支援も国際協力機構(JICA)の予算枠で、現地の小学校教員養成学校へ県教委指導主事や大学教員を派遣する取り組みへと縮小している。

 県国際課の橋本康男課長は「国際協力活動に県が直接かかわるには限界がある。行政が前面に出るより、NGO主体の方が小回りも利く」と説明する。

 一方で県は今年4月、「ひろしま平和貢献プラットフォーム」と名付けた新たな枠組みを始動させた。しかし現状は、ひろしま国際センター(広島市中区)に県内のNGO情報を発信する機能を置く程度にとどまる。


「平和貢献NGOsひろしま」顧問 中山修一さん(69)に聞く

貢献内容吟味し成果説明すべき

 今回の派遣団の試みは、広島県が「ひろしま平和貢献構想」で目指した「被爆地広島に蓄積された人、技術などのネットワークを活用しながら、国際平和の実現に向けて積極的な役割を果たす」という目的と重なる。

 県のカンボジア復興支援プロジェクトは着実に育っている。しかし、県の施策は「県民に見えにくい平和貢献事業はカットする」との流れにある。これではせっかくの芽を摘んでしまうことになる。予算や事業を安易に削減するのではなく、成果をしっかり県民に説明し、意義を伝える努力をすべきだ。カンボジアへ赴いた医師や学生が体験を伝える仕組みをつくってもいい。

 欧米のように寄付文化が根付いていない日本では、人々の信頼が厚い自治体が果たす役割は大きい。広島のカンボジア支援も、県がJICAと一緒に、県教委などとも連携しながらカンボジアの官庁や住民と交渉を重ね、支援先や支援方法を試行してきた。

 地方自治体にあった国際協力に絞り、平和貢献の内容を吟味することも必要だ。県が地元企業と運営しているひろしま国際センターもある。各企業と協力して活用してほしい。

 広島は復興期にとどまらず、今も世界の国々に支えられている。政府開発援助(ODA)とは違う地方発の「顔の見える国際援助」がこれからますます求められる。そこで培った個々の経験やネットワークは、広島の活力にもつながるはずだ。

(2009年9月21日朝刊掲載)

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