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社説・コラム

『核兵器はなくせる』 識者座談会 新政権の役割提言

■記者 「核兵器はなくせる」取材班

 被爆国日本の政権が交代し1カ月を迎えるのを前に、中国新聞ヒロシマ平和メディアセンターは、世界の核情勢と日本の安保・外交政策をめぐり識者座談会を開いた。元外交官や研究者ら4人を東京都内の会場に招き、「核兵器のない世界」の実現に向けた課題、被爆国が果たすべき役割について意見を交わしてもらった。

 出席者は、天木直人元レバノン大使、中江要介元中国大使、中村桂子NPO法人「ピースデポ」事務局長、山口二郎北海道大大学院教授。田城明・平和メディアセンター長が司会を務めた。

 4人は、鳩山由紀夫首相が9月の国連演説で「核兵器廃絶の先頭に立つ」と明言したのをはじめ、政治主導による外交姿勢の変化の兆しを一定に評価。「核の傘」からの脱却を含めた日米安保体制の見直し、各国首脳の被爆地訪問の後押しなど廃絶を進めるための具体策を提言し、新政権に一層のリーダーシップ発揮を求めた。

政権交代

―新政権の発足からこれまでをどう評価されますか。

 天木 政権交代は非常に良かった。民主党は情報公開や説明責任の重要性を訴えてきた。特に、核密約を含む日米関係の情報公開は重要だ。
 先日、イラクに派遣された航空自衛隊の(米兵を「後方支援」していた)空輸の実態が明らかになった。残念ながら新政権が自発的に行って発表したのではなく民間の情報公開請求によるものだったが、このようなものが今後どれだけ出てくるか問われる。

 中村 これまで日本は、核軍縮に向けて世界のリーダーシップをとると言いながらそうはなっていなかった。先日、国連安全保障理事会の首脳級特別会合で演説した鳩山由紀夫首相は、オバマ米大統領が4月のプラハ演説で「使用した国としての道義的責任」と発言したのに呼応するように「被爆国の道義的責任」と言った。
 包括的核実験禁止条約(CTBT)発効促進会議での岡田克也外相の演説を含め、日本がこの分野で前進しようとする意欲はみられた。

 中江 まだ模索しているというか、迷っている状況ではないか。鳩山首相が就任前に書いた論文が米国で物議を醸したが、この中で外交・安保では二つの点に注目している。一つは、福沢諭吉は「脱亜入欧」といったが、鳩山首相の考えは「脱米入亜」だということ。米国一辺倒からもっとアジアに重きを置こうとしている。ただ具体的には、米軍普天間基地をどうするか、アフガニスタン支援にどう取り組むのかまだ見えない。
 もう一つは東アジア共同体構想に現れている。ここに北朝鮮が入っていない。拉致問題を含め北朝鮮問題にどう対処するかもはっきりしていない。

 山口 特に外交で変化は起きている。それは思考停止状態からの脱却だ。鳩山首相の国連演説は戦後の日本外交では画期的だった。環境問題でのイニシアチブもそう。あれこそ政治主導。実現には課題もあるだろうが、目指すべき方向、目標を明示するのが政治の本来の役割で、日本の政治が戦後初めて責任を発揮した。

日本の外交

―今後どのような外交政策をとるべきだと考えますか。

 中江 外交を論じるとき軍事力を重く見過ぎている。外交力とは、争いはあっても戦いが起きなくするもの。中国は核開発しているころから「先制不使用」と言っていた。日本はそれを言われっぱなしにしている。どう約束するのか、どう努力するのかをただしていない。核兵器を無意味なものにするのも外交努力だ。
 日本の多くの国民は長い間続いた親米あるいは米国一辺倒の政策に慣れすぎた。今はチャンス。「脱米入亜」の考え方に、もっと忠実に具体的な政策を反映させるようにすればいい。

 中村 オバマ大統領はプラハ演説で、核兵器の役割を減少させると言った。日本のように非核兵器国でありながら、国の安保の根幹で核に依存している国に直接関係することだ。
 これまで外務・防衛官僚は、国際的なスタンダードになりつつある核兵器の先制不使用問題で足を引っ張る存在だった。まだ鳩山政権の真価は見えないが、前政権が「核の傘の堅持」と言っていたのをどれだけ変えられるかも見据えたい。

 山口 人を説得する論理を持てるかが大事だ。日本は非核三原則を国是としながら「核の傘」に守られてきた。鳩山首相が国連で三原則を守ると宣言したのは、「核の傘」の有効性を否定していく方向に踏み出すことになると思う。
 核問題では国際社会にいろんなダブルスタンダード(二重基準)がある。イスラエルの核については米国が何も言わないなど、大国の利害に基づく。被爆を経験した日本としてはその経験を基に普遍的な理念を打ち出し、北朝鮮やイスラエルなどに対しても核開発に堂々と反対する取り組みをしなければならない。

 天木 国民にもっと平和の価値を認識してもらう動きになっていかないと。逆にそれがあれば、鳩山首相であれ誰であれ、米国に堂々と主張できる。外交情報をオープンにして国民に考える素材を提供し、「国民が反対しているではないか、国民から選ばれた政権がどうして国民を裏切ることができるか」と言えば、米国も反論できない。

安全保障

―核兵器のない安全保障は可能ですか。

 山口 核抑止や「核の傘」は冷戦時代のもの。終結して20年近くたつのにまだ言うのは思考停止だ。オバマ大統領が欧州でミサイル防衛(MD)をやめたのは、ロシアの核は脅威ではないと認めたから。
 東アジアには冷戦が残るが、脅威には「能力」と「意図」が構成要素にある。中国は(日本を攻撃する)能力はあっても意図はない。日米とのこれだけの経済関係を壊そうとはしない。
 北朝鮮は、政治的戦術として核開発しているのが明白。日本は北朝鮮を脱脅威化する外交努力をしなければ、核の傘から脱却できない。

 天木 一番の課題は日米同盟だろう。在日米軍基地が本当に必要なのか議論をしなければならない。鳩山首相は自分なりの確たる安保政策を持っていないような気がする。だからこそ普天間基地の移設問題の発言がぶれている。
 大胆に予測すれば、米国はいずれ在日米軍を撤退すると言ってくる。自衛隊は既に米軍の指揮下にあり、「その代わり自衛隊を自分たちの軍隊のように使うよ」と。そうなったら最悪だ。

 中江 大事なことは国民の力を養うことだ。新政権は国民の意図するところに沿って政治をすると言っている。ただ残念ながら冷戦時代、東アジアにおける不安定要因は台湾だとか、北朝鮮は脅威だとか、米国が吹聴したことをマスコミを通じて多くの国民が信じた。
 日本人は「北朝鮮が核を持ったら危ない」とすぐ言う癖がついている。米国が核兵器を持っていても危ないという人はいない。安保への基本的な考えを改める必要がある。

 天木 鳩山政権は「対等な日米同盟」と言っているが間違い。自立した平和外交が必要だ。アジアの安全保障と米国の安全保障は全然違う。後者はテロとの戦い。その本質的なところは一切議論されていない。
 東アジア共同体の議論よりも核なき東アジアをつくるべきだ。それを国連で言えば拍手喝采(かっさい)だったと思う。

 中村 北東アジアの非核兵器地帯について民主党内の核軍縮促進議員連盟は昨年8月、条約案を発表した。ピースデポの主張と重なる「3+3」の枠組みでの実現を図る。すなわち韓国と北朝鮮、日本の3カ国が核兵器を持たない代わりに、核保有国の米国、ロシア、中国の3カ国は核兵器をこの地域に使用しないと約束する内容。そういう動きがあるのは大きいと思う。
 一国が軍備を拡大して脅威が生まれると相手側も軍備を強めるなど負のスパイラルが起きることを、私たちは学んだはずだ。非核兵器地帯がすべてとは思わないが、条件づくりとして必要だろう。

被爆国の役割

 ―被爆国としてリーダーシップを発揮するには、どんな具体策が必要でしょうか。

 中村 核兵器の廃絶に向け、米国と日本が共同ビジョンを打ち出せるかどうか。モラルオーソリティー(道義的権威)というか、被爆国日本は日本にしか言えないことがあり、米国は使用した国として言えることがある。両国が国際社会に、核兵器を使用すると甚大な被害を及ぼすからだけではなく、被爆者が言ってきたように「人類と共存できない」とのメッセージに根付いたものをつくる。
 ゼロに向かう明確な道筋を示す、核兵器禁止条約などの枠組みが必要になる。

 天木 今年8月6日に元航空幕僚長の田母神俊雄氏が広島に乗り込み、「核は抑止力であり、自分も戦争は反対だが、核を持つことによって平和は保たれる」との講演をした。この議論に誰ひとり反論する者がいない。核抑止論を核廃絶論で堂々と論破できる政治家なり、学者なりがいなければならない。
 もっとも私が外務省にいたときは平和主義者として、あるいは護憲派として、強く発言していたわけではなかった。中江さん、外務省の中で本当に平和外交について強く意見を言う同僚、先輩がいましたか。

 中江 あまりいなかった。

 ―政権交代でそれは変わりますか。

 山口 日本の官僚は変わり身が早い。民主党政権がずっと続くと思ったら対応して変わっていくのではないか。新政権が平和についてはっきりした指示を出せば、それにはある程度対応するだろう。だが、まだ政権自身が何をやりたいか分からない状態だろう。

 中村 17日から広島で核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)がある。そのNGO・市民連絡会の事務局をやっていて、いかに日本が後ろ向きか、世界の核軍縮の流れに悪影響を与えているか、まざまざと見てきた。ICNNDが報告書に盛り込もうとしている先制不使用宣言に日本の委員が反対しているというのも一例だ。

 中江 鳩山首相は国連で、各国首脳に被爆地訪問を呼び掛けた。核軍縮の促進役を果たしたいとも言った。きちんと広島、長崎を見てもらわないと促進役を果たすことにならない。11月のオバマ大統領の広島、長崎訪問は日程的に難しいとされているが、日程は技術的な問題であって、政治家のハラの問題ではないか。ノーベル平和賞の真価も問われている。


東アジア共同体構想
 アジア外交の強化を目指し、民主党がマニフェスト(政権公約)に明記した。中国や韓国などアジア諸国との信頼関係構築に全力を挙げ、通商、金融、エネルギー、環境、災害救援、感染症対策の分野で協力体制を確立する構想。投資・労働や知的財産など幅広い分野を含む経済連携協定(EPA)、自由貿易協定(FTA)交渉も積極的に進める。

先制不使用宣言
   核兵器保有国が先制攻撃で核を使わず、相手国への反撃に限定する方針を表明すること。核兵器の政治、軍事面での役割や依存度を低減させ、廃絶への一歩になると考えられている。一方で「核の傘」による安全保障が弱まるとして、非保有国の間でも宣言に反対する動きがある。

非核兵器地帯条約 
 特定の地域を構成する核兵器を持たない国々が、核兵器の製造や取得、実験などを禁じる条約。1960年代以降、ラテンアメリカおよびカリブ▽南太平洋▽東南アジア▽中央アジア▽アフリカ―の5地域で発効した。1国による「非核兵器地位」が98年の国連総会で承認されたモンゴルを含め、加盟は119カ国・地域に及ぶ。

核兵器禁止条約
 核兵器の開発、実験、製造、使用などをすべて禁止し、保有している核兵器の廃棄も進めるのが目的。2007年、コスタリカ、マレーシア両政府が共同で国連に条約案を提出したが、採択されていない。平和市長会議(会長・秋葉忠利広島市長)が提唱する「核兵器廃絶のための緊急行動(2020ビジョン)」も、条約成立を廃絶へのステップに据える。

(2009年10月12日朝刊掲載)

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