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社説・コラム

ICNND広島会合に思う――先立つ国益と不信? 高い目標示せず

■センター長 田城 明

 「核廃絶への現実的なアプローチである」「現実的かつ野心的なリポートがまとまった」

   核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)共同議長のギャレス・エバンズ元豪外相と川口順子元外相は、3日間の被爆地広島での討議を終えた20日夕、ホテルで記者会見に臨み、満足そうにこもごも言った。

   国内外の非政府組織(NGO)や被爆者らがICNNDに強く要望していた核兵器の先制不使用の誓約や、核兵器禁止条約の交渉を始める―などは2025年までの実現を目指すなどはるかに後退した。核廃絶の期限も示さなかった。会見の中で何度も繰り返された「現実的なアプローチ」という言葉。

   だが、現実的なアプローチとはどういうことか。「現実」は立場や見方が変われば変化する。理想がすぎて非現実的と見えたり、思えたりすることも、立ち位置を変えれば、意外と現実的であったりもするのだ。

   この委員会が設立されたのは昨年6月、広島を訪問したケビン・ラッド豪首相が、当時の福田康夫首相に提案し、日豪両政府のイニシアチブで実現した。10月にシドニーであった最初の会合では、まだバラク・オバマ氏は米国の大統領に選ばれておらず、日本の自民党中心の連立政権も、外務省などと一体となり、当然のことのように米国に「核の傘」を求め、それを弱めることにつながる「核先制不使用」政策に強く反対していた。

   だが、その後の状況は大きく変わった。「核兵器なき世界を目指す」オバマ大統領が1月に就任。4月のプラハ演説では、核廃絶実現には多くの課題があることを承知のうえで、「すべての国が協力して努力しよう」と高いビジョンを掲げ、世界にアピールした。そのことで被爆者をはじめどれだけの人々が、不可能と思っていた核廃絶が実現可能な「現実的課題」と受け止めたことだろう。

   ロシアとの戦略核やミサイル削減交渉を始め、7月には小幅とはいえ削減枠で合意した。議長を務めた9月末の国連安全保障理事会首脳級会合では、「核兵器のない世界」の条件づくりを目指すことで一致。さらに数日前には2012年までの核兵器半減も打ち出した。

   日本でも9月に民主党連立政権が誕生し、鳩山由紀夫首相は「被爆国の道義的責任」として核兵器廃絶の先頭に立つことを国連の場で誓った。岡田克也外相は、来日中のロバート・ゲーツ米国防長官に先制核不使用政策について、日本として「検討中」であることを伝えた。

   ところが、川口氏をはじめICNNDに参加した外務省OBら日本の諮問委員3人は、これまでも「核の傘」の必要性を説き、当初エバンズ氏らが主張していた核保有国に対して先制不使用を求めることに強く反対したという。

   ICNNDの委員には、インドや米ロ英仏中の核保有国の元政府高官や安全保障専門家らもおり、個人の立場での参加とはいえ、国益を離れて議論するのは困難だったろうことは容易に想像できる。軍縮会議と銘打った国際会議を取材しながら、何度も目にしてきた光景だ。1日も早い核廃絶を願う被爆者らの心情を察する「ヒロシマ記者」としては、失望や焦燥を覚えるときである。

   エバンズ氏自身は、1995年には豪政府を代表して国際司法裁判所で核兵器の違法性を訴え、翌年には豪政府主催の「キャンベラ委員会」にもかかわり、核廃絶に向けた包括的な報告書作成にも貢献した。「核戦力の臨戦態勢解除」など、提案内容がなかなか実現しないことへの反省もあったかもしれない。

   しかし、本来、「賢人会議」と呼ばれるものは、「全人類の利益のために」高い目標を設定して、世界中の政治指導者や人々を鼓舞すべきものであろう。

 ICNNDの最終報告書は「現実的で、政策決定者の指針となる」と自信を示す両議長だが、被爆地の市民や国内外のNGO、そして世界中の市民にとっては、期待はずれに終わったというほかない。

   核兵器廃絶に向けた現実の核状況が、既に提言よりも一歩先を歩んでいるかもしれない。そして、その歩みを速めるのは、これからも被爆地をはじめ世界の市民、NGOの力や、ノーベル平和賞を受賞したオバマ氏のような志ある政治家たちのリーダーシップにかかっている。

(2009年10月22日朝刊掲載)

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