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社説・コラム

コラム 視点「広島、真珠湾の日米首脳相互訪問で核廃絶推進と両国の和解実現を」

■センター長 田城 明

 秋晴れに恵まれた10月4日午後。平和記念公園の原爆慰霊碑に花輪を手向け、手を合わせるジョン・ルース駐日米大使の姿があった。秋葉忠利広島市長の案内を受け、大使は息子のデービッドさん、大使の両親とともに原爆の子の像も訪れ、1羽の折り鶴をそれぞれささげた。

   原爆資料館では、ガイドなしで約1時間、熱心に展示資料に見入った。ケロイドや黒い雨など熱線や放射線の影響を示す展示を前に、大使とデービッドさん親子が語り合う姿が印象に残った。

   「広島訪問は、核兵器の破壊力を強力に思い起こさせる。そして、ともに力を合わせ、核兵器のない世界の平和と安全保障を求めることの大切さを強く感じさせてくれる」

   ルース大使は、記者たちの質問には応じず、芳名録にのみ印象を書き残した。だが、就任間もない家族3代での被爆地訪問に大使の姿勢はよく表れていた。「ヒロシマ」に向き合う真剣なまなざし。そこには一人の人間として、「きのこ雲」の下で何が起きたかを学ぼうとする謙虚さがうかがえた。

   昨年9月には米政界ナンバー3の地位にあるナンシー・ペロシ下院議長が、主要国(G8)下院議長会議出席のため広島を訪れた。他の議長とともに原爆資料館を見学し、被爆者の証言に耳を傾けるペロシ議長の姿勢にも、ルース大使から受けたと同じ印象を抱いた。

   同じ民主党員であり、職務上も深い関係にあるペロシ議長から、オバマ大統領はすでにヒロシマの印象について聞いているだろう。今回は、選挙での応援を含め「最も親しい間柄」にあるといわれるルース大使から、その印象を聞くことになる。

   「核兵器なき世界」の実現を訴え、就任後9カ月でノーベル平和賞の受賞まで決まったオバマ大統領。今年6月には第2次世界大戦末期に米英軍の空襲で壊滅的打撃を受けたドイツのドレスデンを訪ね「和解」を演出したように、広島・長崎訪問も大統領の将来計画に入っているに違いない。国務省や駐日米大使館が中心になって、いつの訪問が日米間のみならず、世界に最も核軍縮・廃絶をアピールできるか検討に入っていたとしても不思議ではない。

   鳩山由紀夫首相は、米ロなど15カ国の首脳がそろった先月末の国連安全保障理事会で、広島・長崎両市の平和記念式典に参列した自らの体験に触れながら「原爆投下から60年以上たった今日もなお、放射能の被害に苦しむ人々の姿を見て、私は心が詰まるのを禁じえませんでした。世界の指導者の皆さんにも、ぜひ広島・長崎を訪れて核兵器の悲惨さを心に刻んでいただければと思います」と訴えた。

   被爆国首脳にふさわしい発言である。しかし、被爆地訪問を要請するだけでは不十分である。米国との関係では、7月20日付の小欄で触れたように、鳩山首相も日米開戦の発端となったハワイの真珠湾に浮かぶアリゾナ記念館を訪ねて献花し、日本の奇襲攻撃で犠牲となった人々だけでなく、大戦中のすべての犠牲者に哀悼の意を表すべきだろう。

   広島は核兵器廃絶を訴えるだけの都市ではない。戦争を否定し、敵対し合った過去に和解をもたらし、人類の未来に希望を与える都市でありたい。それこそが、人類史上最初の原爆の惨禍を被った犠牲者にこたえる道だからだ。

   元共同通信ワシントン支局長の松尾文夫さんが指摘するように、日米首脳による真珠湾と被爆地の訪問を契機に、日本が侵略したり植民地化したりした中国や韓国など日本の近隣諸国との真の和解にまで発展させたい。鳩山首相が提唱する「東アジア共同体」構想の実現も、相互信頼なしにあり得ない。被爆地であると同時に、かつて多くの兵士をアジア各地に送り出した広島こそ、相互訪問の際の一方の場にふさわしいだろう。

(2009年10月19日朝刊掲載)

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