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社説・コラム

コラム 視点「核廃絶目指す」日米首脳、広島の子どもたちの「被爆原体験」からの訴えに耳傾けよ 

■センター長 田城 明

「幼き神の子の声を聞け」―。

   1951年に出版された「原爆の子 廣島の少年少女のうったえ」(岩波書店)の編集者で広島大教授だった長田新(おさだ・あらた)さん(1887~1961年)は、体験手記を寄せた執筆者たちに本を寄贈する際、ペンでこう記帳したという。

 原爆で親やきょうだいを失い、怒りと悲しみを胸に、生活苦や病苦とも闘いながら廃虚から立ち上がって生きる広島の子どもたちの純粋な平和への叫び。長田さんには「神の子の声」と聞こえたのだろう。

 セピア色に変色したその本を書棚から取り出し、あらためて読み直してみた。   

 「げんしばくだんのために、大きな家もやられ、兄は耳をやられ、妹は屋根の下におって、屋根からかわらがおちてきて、ぺっしゃんこにされてしまった。(後略)」(小5・男子)

 「日赤(日本赤十字病院)の横で、人を焼く臭いがぷんぷんしています。あまりの悲しさに、自分で自分がわからなくなったようで、いくら悲しくても涙が出ないのです。(中略)原子爆彈のおそろしさを知っている私は、二度と血の出る戦争はなくさなければならないと思います。みんなあの八月六日を忘れず、永遠の平和がくることをいのります」(高1・男子)

 集まった1000編を超える手記の中から収録された105編。6年前に起きた「あの日」を振り返る小学生から大学生までの手記は、今も読む者の心を強く揺さぶる。

 ちょうど「原爆の子」を再読しているさなか、バラク・オバマ米大統領が来日。鳩山由紀夫首相との首脳会談後の共同声明では「核兵器の全面的廃絶」に挑戦することを盛り込み、翌日のアジア政策に関する約30分のスピーチでも核不拡散への取り組みを強調した。

 オバマ大統領は一方で、核兵器が存在する限り「強力で効果的な核抑止力を維持する」と言明。「韓国と日本を含む同盟国の防衛を保証する」ことをその理由に挙げた。

 連合国軍による占領下、「原爆の子」が出版される前年の1950年に起きた朝鮮戦争。その結果として生まれた朝鮮半島分断による東アジアの冷戦構造は、残念ながら今なお続く。とはいえ、ベルリンの壁が崩壊し、世界規模で影響を与えた東西冷戦終結から20年を経た今、私たち人類が直面する世界の状況は大きく変わった。

 経済の相互依存の深化、差し迫った気候変動と環境破壊への対処、広がる貧困、テロ対策…。いずれの問題も世界の国々の協力なしでは解決できない。核保有国の中国も、日米と同じように、核廃絶や地球温暖化防止などへの努力を含め、問題解決にその責任を負う「グローバル・パートナー」だとオバマ大統領も鳩山首相も認識している。では、国民の多くが食べることにも事欠く、貧しい北朝鮮の軍事力に対して、被爆国である日本が安全を保つために、米国の「核の傘」を本当に必要としているのだろうか。

 「被爆国として核兵器廃絶に向けリーダーシップを発揮する」と国連でも訴えた鳩山首相。軍事力だけではない外交・安全保障政策を掲げる鳩山政権の取るべき道は、「核の傘」から抜け出す方策をこそ真剣に追求すべきではないのか。そのことが、米ロをはじめ核保有国の核軍縮・廃絶を促進し、北朝鮮、イランを含めた核拡散防止にも効果を発揮するに違いない。

 「原爆の子―廣島の少年少女達は今、全世界の父と母、全世界の教師と生徒、否な、世界の兄弟達、人間なるが故に一人の例外もなく理性を有っている二十三億七千万の兄弟達に、この血と涙の手記を〓ろうとしている」

 序文にこう記した教育学者の長田さんは、占領下の言論統制下で、職を辞する覚悟で「原爆の子」を出版した。その日からほぼ60年。自らの悲惨な体験を手記にし「核兵器も戦争もない世界の実現」を訴えた人たちは、「核の傘で日本を守る」とのオバマ大統領の約束を決して喜びはしないだろう。

 幸い「原爆の子」は、英訳もされている。核廃絶を本気で目指すなら、オバマ大統領にも鳩山首相にも、ぜひ一度「原爆の子」を精読してもらいたい。

【編注】〓は、「贈」の旧字体が使用されています。へんは「貝」で、つくりは「曾」

(2009年11月16日朝刊掲載)

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