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社説・コラム

ヒロシマと世界: 核軍縮の進展 鍵握る米 日欧も積極関与を 

■ジャヤンタ・ダナパラ氏 パグウォッシュ会議会長・元国連事務次長(スリランカ)

ダナパラ氏 プロフィル

 1938年12月、スリランカ・コロンボ生まれ。1976年、アメリカン大学で修士号(国際学)取得。1965年、スリランカ外務省に入省し、ジュネーブ国連軍縮大使(1984-87年)、駐米大使(1995-97年)などを歴任。1995年には核拡散防止条約(NPT)再検討会議の議長を務める。1998年から2003年まで軍縮問題担当国連事務次長。現在は、ノーベル平和賞受賞団体である「科学と世界の諸問題に関するパグウォッシュ会議」第11代会長、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)理事会メンバー、国連大学評議委員、その他いくつかの国際的機関の諮問委員を務める。5冊の著書のほか、国際的ジャーナル誌に論文を発表。講演活動も幅広く行っている。

オバマ氏の「核兵器なき世界」 国際社会の支援不可欠

 1945年8月6日、米国が日本の一都市広島へ原爆を投下したと知ったとき、国民のほとんどが仏教徒であるスリランカに住む6歳の少年であった私は、底知れぬ恐怖と信じ難い思いにとらわれた。真珠湾攻撃という挑発的行為があったとはいえ、第二次世界大戦が明らかに終結へと向かっていた時期に、8万人ともいわれる民間人を瞬時に大量殺りくし、さらに数万人が放射線により犠牲になったことは、核帝国主義時代の到来を告げるためというほか、私にとって到底理解し得ない出来事である。

 その後、1951年のサンフランシスコ会議で、スリランカ政府の代表は「憎しみは憎しみでは断ち切れない。愛の心でのみ断ち切ることができる。これは永遠の法則である」という仏陀(ぶっだ)の言葉を引用し、日本からの賠償金を放棄した。

 1987年、国連軍縮研究所の所長になった私は、日本政府から国内視察に招待され、広島と長崎を訪れた。被爆者に会い、1945年の原爆投下の犠牲者たちが経験した苦悩とトラウマを私も追体験することになった。被爆地への初めての訪問を決して忘れることはないだろう。

 これら二つの都市を訪れる者はだれもが、核兵器廃絶という目的を心に抱くことになる。それ以来、私は広島を何度も訪れ、2008年には平和記念式典にも参列した。また、軍縮問題担当国連事務次長として、私のニューヨーク事務所で子どもたちを含めた広島からの多くの市民訪問団と会った。こうした人々が平和と核廃絶の願いを込めて私にくれた折り鶴が、私の事務所を飾っていた。世界の核軍縮のために尽力し、平和市長会議の会長を務める秋葉忠利・広島市長は私の友人である。

 今日、世界では1年間に1兆4640億ドルが軍事目的に費やされ、米国がその41.5%を占める。これは世界人口1人につき217ドルに当たる。その一方で世界では10億人が1日1ドル25セント未満で生活している。毎日6人に1人が飢え、栄養失調のため6秒に1人の割合で子どもが命を落としている。2015年までに国連のミレニアム開発目標を達成するには、400億ドルから600億ドルが必要だと世界銀行が見積もっているが、推定900億ドルもの額が核兵器プログラムに費やされている。南半球に位置する発展途上国の国民である私は、世界の資源がこのように不当に配分されていることにがくぜんとせざるを得ない。

 非同盟諸国をはじめとする各国政府や、「科学と世界の諸問題に関するパグウォッシュ会議」のような市民社会組織は、長年、核兵器を禁止する条約の制定を求めてきた。キッシンジャー、ナン、ペリー、シュルツ各氏のような著名な米国の元政府高官たちによる「核兵器のない世界」を求める提言が、最近、米国やその他の国々で出されている。日本では、ニクソン米大統領と佐藤栄作首相との間で交わされた1969年の密約の存在は、40年間にわたり公に否定されてきた。だが、鳩山由紀夫新政権はこの密約における日本の役割を検証するため、政府関係者と歴史学者からなる有識者委員会の設置を指示した。

 2009年4月、バラク・オバマ米大統領はプラハで行った演説で、核兵器廃絶を政策目標に掲げた。多くの政府や市民社会がオバマ大統領の目標を支持している。

 今日の世界は、連動する二つの危機に直面している。その一つは、核保有9カ国が保有する総数2万3300発の核弾頭のうち、配備されている8392発の核兵器が、偶発的または核抑止論に基づいて意図的に使用される可能性である。

 オバマ大統領はプラハ演説の中で、次のように述べた。「1発の核兵器が一つの都市で爆発すれば、それがニューヨークであれモスクワであれ、 イスラマバードあるいはムンバイであれ、東京、テルアビブ、パリ、プラハのどの都市であれ、何十万もの人々が犠牲となる可能性がある。そして、どこで発生しようとも、地球規模での安全、私たちの安全保障や社会、経済、究極的には私たちの生存に至るまで、その影響には際限がない」  核兵器の使用が引き起こす「核の冬」に関する1980年代の研究に基づいて行われた最近の調査では、現存する核兵器の0.03%による小規模な核戦争でさえ、壊滅的な気候変動を引き起こすと結論づけられている。

 核拡散の主たる原因は、ある特定の国には核兵器を認め、その他の国には認めないという世界にあって、国家主義が競合し、各国が自国の安全保障を強く求めていることである。核拡散防止条約(NPT)や核テロ防止条約に、テロリストグループによる大量破壊兵器の入手を防ぐことを目的とする国連安全保障理事会決議1540を合わせても、核兵器を保有する国があり、膨大な量の濃縮ウランや分離プルトニウムが遍在している限り、自国の安全保障を求める国々の要求を食い止めることはできない。

 私たちが直面する二つ目の危機は気候変動である。私たちの世界的な消費行動形態、広く浸透している国際貿易構造、環境にやさしい新たなエネルギー源を見つけるための投資や協力が行われていないことが、この問題を引き起こしている。英国王立協会会長であるリース卿は、昨年行った講義「科学―来るべき世紀に」の中で、雄弁にも「私たちは読む前に、生命という本を台無しにしようとしている」と述べた。こうした憂慮が、原子力に新たな期待を寄せる「原子力ルネッサンス」へと発展したが、それに伴い核兵器拡散の恐怖も生まれている。

 この二つの危機的状況を打開する最善の策は、パグウォッシュ会議などが提唱しているように、核兵器のない世界を達成することである。これこそ、オバマ大統領が追求する理念である。オバマ大統領自身は目標達成の期限を設けることを避けているが、大統領の唱える核軍縮・不拡散政策の実施がちゅうちょされたり、先延ばしされたりすれば危険な状況が生まれるだろう。4月1日のオバマ、メドベージェフ米ロ両大統領による革新的な共同声明に続く4月5日のオバマ大統領のプラハ演説。ここに政策目標は設定されたのである。

 しかし、明らかに、喜びの声を上げるまでにはこの先長い道のりがあり、果たされるべき公約がある。米国の共和党右派も傍観しているわけではない。オバマ氏の医療保険改革を阻むため、「死の委員会」という恐るべきシナリオまでつくられている。核軍縮の分野においても、同様の妨害戦術が米国内といくつかの北大西洋条約機構(NATO)の同盟国の中に存在する。マサチューセッツ州の上院議員補充選挙で、共和党の議員が当選したことは、オバマ大統領の公約がいかに脆(もろ)いものであり、世界が米国の国内政治にいかに依存しているかを示している。

 2010年5月に開催されるNPT再検討会議の成功に向け望ましい環境を整える作業同様、実現されていない課題は大きい。米国の新しい「核体制の見直し」には、核の先制使用と警報即時発射能力を放棄し、米国の防衛戦略において核兵器の役割を低減するというオバマ大統領の考え方が正確に反映されていなければならない。

 米上院は、現在交渉が進んでいる米ロ間の戦略核兵器削減条約(START)と、包括的核実験禁止条約(CTBT)の二つの条約に「勧告と同意」を与えなければならない。これには67人の上院議員の支持が必要である。つまり、前回、CTBTの批准が議題になったおり、反対票を投じた可能性のある議員を含め、数人の共和党員を取り込まなければならない。そのためには、うまく組織されたキャンペーンが必要であり、最終的成果が損なわれたり、大統領が現在得ている国内外の支持が失われたりするほど非常識ではない程度に、歩み寄りの合意がなされなければならない。

 ここに国際社会の果たすべき役割が生じてくる。すでにノーベル平和賞選考委員会は、オバマ大統領が「軍縮や軍備管理交渉に力強い刺激を与えた核兵器なき世界のビジョン」を追求し続けるために、さらなる道徳的権威を付与した。ヨーロッパの指導者たち、特にNATOや、日本のように米国の「核の傘」による保護を享受する国々の指導者たちは、START後継条約とCTBTに批准することの世界的重要性を米国の上院議員たちに理解させるために積極的に働きかけるべきである。

 これには明晰(めいせき)な戦略が必要であり、米上院と親密な関係にある国々の政治指導者や議員、市民社会の著名人による働きかけが必要である。特に米上院が予定している公聴会の際の呼び掛けが役立つであろう。このように国際社会は、オバマ氏の唱えるビジョンを守る責務がある。

 核保有国政府がこのビジョンを実現するために実際的な措置を取らなければ、NPT体制下における核保有国と非核保有国間の信頼性の欠如は解消しない。広島と長崎への原爆投下から60年以上にわたり、核兵器のない世界に向けた漸進的な歩みはみられるものの、目標達成はなお幻のように見える。

 米ロをはじめ核保有国の元政府高官や核問題の専門家らが参加する「グローバルゼロ」は、段階的な検証プログラムに基づく核兵器全廃の目標期限を2030年に定めた。オーストラリアと日本の元外相が共同議長を務めた「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」(ICNND)の報告書は、2025年までに約1000発という核弾頭の「最小化地点」に到達することを提唱。一方でオバマ大統領は、核兵器のない世界に到達するには時間がかかる、「おそらく私が生きている間ではないだろう」と述べている。

 最も簡単で直接的な道筋は、世界が生物兵器や化学兵器を国際法違反としたのと同様に、核兵器を違法とする検証可能な核兵器禁止条約を締結することであろう。これは決して、認識の甘い、うぶな考え方ではない。条約案は、マレーシアとコスタリカが国連に提出しており、潘基文(バンキムン)国連事務総長も2008年10月に発表した5項目からなる軍縮計画の中で、この条約案を推奨している。

 条約の締結は世界の緊張を緩和し、核兵器、気候変動、テロ、貧困、国際金融、人権など関連し合った現代の差し迫った課題を解決するのに役立つだろう。核兵器の廃絶は、潘事務総長の言葉を借りるならば、「世界全体の治安にとって最高のこと」なのである。

(2009年2月15日朝刊掲載)

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