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社説・コラム

米、核予算の大幅増額計画

■記者 金崎由美

 オバマ米政権として初の本格的な予算要求となる2011会計年度(2010年10月~11年9月)の予算教書が米議会に提出され、核兵器関連コストの大幅増額を計画していることが明らかになった。「核兵器のない世界を目指す」と高らかにうたってきたオバマ大統領の政策とは一見して矛盾する動きだ。膨れ上がる数字の根拠や背景について、エネルギー省の核兵器関連部分だけでも約600ページに上る予算要求書を読み解いてみる。

核拡散防止 比重高める

 「危険な予算削減を進めた過去10年間から転換し、新たな予算を発表した」

 2月18日、首都ワシントンの国防大学でバイデン副大統領は「核セキュリティーへの道筋 大統領のプラハ演説の実行」と題して演説し、ブッシュ前政権時よりも核兵器の関連予算を大幅に強化する方針を強調した。

 核弾頭の開発や管理を担当するのはエネルギー省が管轄する国家核安全保障局(NNSA)。議会に提出したNNSAの予算教書は総額112億1千万ドル(約1兆円)で、前年度より13.5%伸びた。

 うち核兵器関連は70億1千万ドル(6300億円)で前年度比9.8%増。しかも今後5年間で計50億ドル(4500億円)を上乗せする方針も同時に示した。

 核不拡散や核セキュリティーも同25.7%増の26億8千万ドル(2400億円)とし、重視する姿勢を鮮明にした。なかでも、平和利用の核分裂物質が軍事に転用されにくくするため、高濃縮ウランを燃料に使う原子炉を低濃縮ウラン用に改修したり、核物質の盗難を防止したりするための国際支援「地球的規模脅威削減イニシアチブ(GTRI)」の増額が目立つ。

 また、弾道核ミサイルを積む戦略原子力潜水艦が2027年から順次退役するのをにらみ、次世代艦の原子炉を研究開発する経費も増強した。

 以上の3分野のうち核兵器関連をさらに詳しくみてみると―。

 増額が顕著なのは保有核を保守・管理する経費だ。26.0%増の18億9千万ドル(1700億円)を計上した。

 米国は1992年以来、核弾頭の劣化状況などを調べる地下核実験は控え、新型核の製造もしていない。一方で代替措置として、核弾頭の維持管理やその手法の研究に膨大な予算をつぎ込んでいる。

■前年度の3倍

 今回、そのコストをさらに手厚くする方針だ。研究開発費の中身では「ネバダ核実験場での臨界前核実験関連」との表現もある。

 さらに維持管理費のうち、核爆弾B61の関連経費は3億1700万ドル(280億円)と前年度の3倍余に膨らんでいる。

 B61には四つの派生タイプがあり、これを一つのタイプに統一したり、耐用年数の延長を図ったりする研究費とみられる。「(開発中の)次世代戦闘機F35などとの適合性を見積もる」との表現もあり、搭載の可能性を探っていることもうかがえる。

 全米科学者連盟の核兵器専門家ハンス・クリステンセン氏は「B61は最も性能の安定した兵器だと立証され、さらなる研究費は不要だ。何らかの新たな能力を付け加える費用を含んでいるのではないか」と推測する。

 またB61は現在、約200発が北大西洋条約機構(NATO)に加盟する欧州5カ国の基地に配備されているものの、配備先の国を中心に「冷戦の遺物」として撤去を求める声が高まっている。その行方は、NATOが見直しを進める長期方針「戦略概念」でも焦点の一つとなっている。

 このほか、研究施設などインフラ整備費でも増額が目立つ。中でも、核弾頭の核心部分であるプルトニウムピット製造にもあたるロスアラモス国立研究所(ニューメキシコ州)内の新たな核施設(CMRR)関連は2億2500万ドル(200億円)を計上し、施設建設を本格化する構え。前年度に比べ倍額以上だ。

■施設を近代化

 NNSAのダミアン・ラベラ報道官は「このCMRRは核不拡散にとっても重要な役割を果たす。既存施設は老朽化が著しく、近代化は核セキュリティーの強化に不可欠だ」と説明する。だが、予定通り2022年にフル稼働すれば、ピットの製造体制は年20個程度から50~80個へ増えるとみられている。

 「核兵器のない世界を目指す」オバマ政権が、こうした積極予算を打ち出す背景は何だろうか。

 「政府は、ロシアとの間の第1次戦略兵器削減条約(START1)後継条約と、包括的核実験禁止条約(CTBT)の二つの条約の批准を目指しているため」と分析するのは平和運動家のジャクリーン・カバッソ氏。核軍縮に消極的な議会保守派や核兵器産業界を説得するには、保有核を一定に削減し、地下核実験をしなくても米国の核抑止力は維持できると示す必要があり、そのため増額予算になったとの見方だ。

 実際に昨年12月、共和党と無所属の上院議員41人は連名でオバマ氏に書簡を出した。戦略核をさらに削減すれば核抑止力は弱体化すると懸念し、核兵器の近代化を伴わなければSTART1後継条約には賛成できないとの姿勢を強調する内容だった。

 米国では、条約批准は上院(100人)の3分の2以上に当たる67票の賛成が必要。しかし与党民主党の議席は現在、60に届かない。  「予算教書は議会の意向も踏まえた内容で、オバマ政権ばかりを責められない。それでも、これは危険な取引になる」とカバッソ氏は警戒する。脳裏には99年の前例がある。当時のクリントン政権はCTBT批准を目指し、地下核実験を停止したうえで核兵器の品質維持に多額の予算を割いた。それでも上院はCTBTを否決した。

 米議会が今後、予算や条約審議にどんな対応を取るかは、核超大国の今後を左右する。「核兵器のない世界」とのビジョンが、核兵器関連予算を積み増す結果を招くとすれば、まさに皮肉な事態だ。

 米国政治に詳しい大島寛広島修道大教授は「プラハ演説で『核抑止力を維持する』とも表明したオバマ大統領にとって、今回の予算教書は必ずしも不本意な妥協の産物ではないはずだ。被爆国であり同時に米国の『核の傘』に安全保障を頼る日本も、現実を直視する必要がある」と指摘している。


「核の説明責任を求める同盟」 ニコラス・ロス氏に聞く

 米国各地で活動する30余の反核団体のネットワーク「核の説明責任を求める同盟」でプログラムディレクターを務めるニコラス・ロス氏に、米国の予算教書への評価を聞いた。

 オバマ大統領がプラハ演説で宣言した通りに、核不拡散や核セキュリティーに関する予算を強化していることは評価できる。だが、核兵器の管理や施設の近代化を進める予算は明らかに多すぎる。これでは国際的にも核軍縮への「真剣度」を疑われかねない。

 この予算の本質的な個所は、核弾頭の保守点検は続けつつ保有核の削減を実行するにはどんな予算措置が必要か、ではない。科学者が何を試したいのか、NNSAがどんな施設をほしがっているかが基準となった予算とも言える。

 2000年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で最終合意に盛り込まれた13項目は、単なる核軍縮のステップだけでなく、それが後戻りしない「不可逆性」を定めている。その意味で、ロスアラモス研究所のプルトニウムピット製造体制の強化などは、この原則とは相いれない。今年5月の再検討会議で、米政府は説明責任を問われるだろう。

米国の予算編成
 予算決定の過程は日本と異なり、大統領が毎年2月第1週の月曜、翌会計年度の予算教書を連邦議会に示すことから審議が始まる。日本の政府予算に当たるのは「歳出法」と呼ばれ、議会側にその法案をつくる権限がある。予算教書は大統領からの提案にすぎないが、歳出法案の内容に色濃く反映されるのが実情。一方、議会側が独自色を盛り込むケースもある。

(2010年3月8日朝刊掲載)

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