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社説・コラム

コラム 視点「オバマ米政権 目立つ核抑止力重視の予算要求」 

■センター長 田城 明

 「私たちは政府の委員会などにおいて、それが意図されたものであるか、そうでないかに関係なく、軍産複合体による不当な影響力の獲得を排除しなければならない」。アイゼンハワー米大統領が1961年1月の退任演説で国民に訴えた有名な警句がふと脳裏に浮かんだ。オバマ政権が米議会に提出した2011会計年度の核兵器関連予算。その大幅な増額要求を知った折のこと。

 核拡散の防止や、危険な核物質がテロ集団に渡らないようにするための核セキュリティー目的であれば、増額も納得できよう。確かに、そのための措置は取られている。

 しかし、なぜ核兵器関連施設の改善や、人材確保と育成、技術開発などのために大幅な増額が必要なのか。昨年4月のプラハ演説で、核兵器なき世界の実現に向け「先頭に立つ」ことを誓ったオバマ氏の姿勢とは、明らかに反する。

 核兵器数は徐々に減らす一方で、信頼できる核抑止力は維持する。そのためには、予算を増やさないと確実な抑止効果が望めない。もともと核軍縮方針に反対の国防総省や核兵器研究所は、議会保守派などと組んで核兵器関連予算の増額を求めてきた。

 ロシアとの第1次戦略兵器削減条約(START1)に代わる後継条約の締結・批准や、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准とも密接に絡んでいる。オバマ政権が優先課題に掲げた二つの政策を実現するには、議会の協力が不可欠。だが、その保証もないままに増額予算を組むのは「核のタカ派に対して先制降伏をしたようなもの」との厳しい見方もある。

 例えば、核開発の3大拠点施設の一つ、ロスアラモス国立研究所(ニューメキシコ州)の敷地内に建設計画中のプルトニウム・ピット製造工場。2011年度は、2億2500万ドル(約200億円)と前年度の2倍以上。水爆の起爆に欠かせないプルトニウム・ピットを、計画通り2022年から本格稼働させれば年間最大80個の製造が可能となる。

 かつて核兵器開発にかかわった米国の物理学者らの中には、既存の核弾頭のプルトニウム・ピットの寿命について「約100年は取り換えなくても爆発が保証できる」と指摘する人たちもいる。あえて大量に製造するとなれば、新型爆弾の開発につながっているのではと疑わざるを得ない。

 ロスアラモス研究所のひざ元で20年余りその活動を監視してきた知人は、予算増額の背景に「既得権を守り、拡大したい強力な勢力がある」と力説する。「核開発にかかわる研究者をはじめ、企業や政治家、軍関係者、官僚らにとってもうまみがある」というのだ。

 ロスアラモス研究所や、ローレンス・リバモア国立研究所(カリフォルニア州)を運営するのは、今ではカリフォルニア大と核関連産業や戦争などで大きな利益を得ているベクテル社などの合弁企業。その役員には元国防長官のウィリアム・ペリー氏が就いている。

 ペリー氏は、米核戦略体制の見直しなどで主導的役割を果たしている。核抑止力の維持のために、ロスアラモスなど核開発拠点施設への大幅な予算増の必要性をオバマ政権に説き続けてきた。

 ブッシュ前政権時代には、地中貫通型の小型核兵器の開発予算などは米議会で歯止めがかかった。もし提示された予算要求がそのまま議会で承認されるようなことになれば、核保有国や潜在核保有国はもちろん、核軍縮・廃絶を真剣に求める多数の非核保有国や世界の市民からも、オバマ政権の核軍縮政策に疑問の声が上がり始めることだろう。

 米ロ核超大国をはじめ他の核保有国の軍縮速度が遅くなればなるほど、核拡散が進み、核兵器が使用される可能性が高まる。オバマ大統領には、その現実を肝に銘じてもらいたい。

(2010年3月8日朝刊掲載)

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