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社説・コラム

寄稿 「NPT再検討会議を前に」 デービッド・クリーガー氏

全人類の利益のために行動を起こそう

■デービッド・クリーガー氏  核時代平和財団会長(米国)

 核兵器は人類に対し、ほとんどの人が理解しているよりもはるかに大きな難題を突きつけている。多くの人が、もちろん、核兵器が危険で恐るべき凶器であることも、これまでに広島と長崎の2都市を破壊するのに使用され、1発でそれぞれの都市を廃虚と化したことも知っている。しかし、核兵器が皆殺しの兵器であること、つまり、自殺でも大量虐殺でもなく、すべてのものに死をもたらす兵器であるという問題を正確に理解している人はほとんどいない。

 現存する地上の生命体が壊滅するような大激変をもたらす核攻撃が起これば、これらの兵器は人類の記憶も可能性も破壊し、過去も未来も消し去ってしまうだろう。かつて生命と愛、友情、良識、希望、美が存在した場所に、広範囲にわたる荒廃と空虚な空間をつくり出し、生命体の持つあらゆる神聖なものを消し去ってしまうのである。 

 核兵器の持つこうした皆殺しの能力にもかかわらず、少数の国の指導者たちは核兵器の保有と開発を続け、自国の安全保障を核兵器に頼っている。彼らは、これらの兵器が圧倒的な破壊力を持つ報復の脅威ゆえに戦争を防止すると主張し、核抑止力への依存を正当化している。この主張には多くの欠陥がある。最も重要な点は、抑止力は単なる理論にすぎず、人間は誤りをおかしやすい存在であることから免れえないということである。

 抑止論は、理性的な政策決定者ばかりを仮定している。しかし、すべての政治指導者が常に理性的に行動するとは考えにくい。特に、極度の緊張を強いられる状況においてはそうである。また、抑止力は居場所が特定できず、メンバーが自殺行為に走りがちな過激派集団などの非国家主体に対しては無力であると広く認識されている。言い換えれば、抑止力は失敗の可能性があり、そして失敗の代償は破局的である。

 不幸なことに、主要な核兵器保有国の指導者たちは核軍縮に消極的である。ときに口先だけで核兵器のない世界の理想を唱えるものの、そのために尽力する意思があると私たちに確信させるような、核廃絶に向けての真摯(しんし)な取り組みには抵抗している。

 たとえば、オバマ大統領は、2009年4月の注目を集めたプラハ演説の中で、「私は、米国が核兵器のない世界の平和と安全を追求する決意であることを、信念を持って明言する」と述べた。しかし、この洞察力のある言葉のすぐ後には、期待を減じる発言が続いた。「私は甘い考えは持っていない。この目標はすぐに達成されるものではない。恐らく私の生きているうちには達成されないだろう。この目標を達成するには、忍耐と粘り強さが必要だ」と言ったのである。

 オバマ大統領は比較的若い人物であり、これから先も長く生きるであろう。オバマ氏は核兵器のない世界というビジョンを示したことでたたえられるであろう。だが、核兵器廃絶を求める緊急性の欠如が、さらなる核兵器の拡散と使用の可能性を高めている。今も世界には約2万3000発の核兵器が存在する。これは、文明と人類、地球に生きるその他の複雑な生命体を抹消するのに必要な数をはるかに超えている。

 核兵器の課題が世界の人々の前に提示される次の主要な国際的機会は、2010年5月に開催される核拡散防止条約(NPT)再検討会議である。この条約は核不拡散と核軍縮の両方を求めている。同会議での討議では、条約加盟国は核兵器による皆殺しの脅威を包括的に解決するため、次の点に留意すべきである。

・核兵器は人類や他の地上の生命体に、現実的かつ今現在も脅威を与え続けている。

・自国の安全保障の基盤を、何千万、何十億という罪のない民を殺りくし、文明の破滅をもたらす
 威嚇行為に置くことは、道徳的正当性に欠け、最も厳しく糾弾されるべきである。

・全面的な核軍縮に関する既存の法的義務を遂行することなしに、核兵器の拡散を阻止することは
 不可能である。

・世界中に原子力エネルギー施設が広まれば、核拡散の防止と核軍縮の達成は、不可能ではない
 までも、はるかに困難になっていくであろう。

・私たちの生存を脅かしている核兵器による現実的脅威をなくす方向に世界が動いていくには、現
 在と未来の世代を覆うこの甚大な危険についての新たな考え方が必要である。

   核時代平和財団は、NPT再検討会議で、以下の5つの行動が優先的に合意されることを支持する。

1.核兵器を保有するすべての調印国は、自国の保有する核兵器に関し正確な数字を公開し、使用
  された場合の環境や人体への影響調査を実施し、核兵器廃絶への道筋を考えて公表すべきで
  ある。

2.核兵器を保有するすべての調印国は、すべての核兵器を反撃即応態勢から解除し、他の核兵
  器国に対して先制不使用宣言をし、非核兵器国に対して不使用宣言を行うことにより、自国の安
  全保障政策における核兵器の役割を軽減すべきである。

3.軍事用、民生用を問わず、すべての濃縮ウランと再処理プルトニウム、及び(すべてのウラン濃
  縮とプルトニウム分離技術を含め)その生産施設は、厳格で効果的な国際保障措置のもとに置
  かれるべきである。

4.すべての調印国は、原子力発電がもたらす核拡散の問題に照らして、核エネルギーを平和
  目的に利用することへの「奪い得ない権利」を推進するNPT第4条を再検討すべきである。

5.すべての調印国は、1996年の国際司法裁判所の勧告的意見により強化され明確化された
  NPTの第6条を遵守すべきである。そして、段階的かつ検証可能で、不可逆的で、透明性の
  ある核兵器廃絶実現のために、核兵器禁止条約の成立に向けた誠実な交渉を開始し、2015
  年までに終えるべきである。

 2010年のNPT再検討会議が達成すべき最も重要な課題は、核兵器禁止条約成立に向けて誠実な交渉の開始に合意することであろう。こうした合意は、核兵器なき世界を目指すために必要な政治的意思を各国が示すことになる。仮に米国が交渉の開催に指導力を発揮できないようであれば、ぜひ日本にその役割を担ってほしい。もっとも、どの国が主導するにしろ、一連の交渉の第1回目の会合は原爆の惨禍を最初に体験した広島で行い、最後の会合は、2番目の被爆都市であり、願わくば最後の都市であってほしい長崎での開催を私は提案する。

 核兵器禁止条約という新たな条約に向けた交渉の開始に合意すれば、私たちは核兵器のない世界に向けて真剣な歩みを始めることになる。そしてその状況が生まれるとき、広島と長崎の被爆者たちも、自分たちの願いが聞き届けられたと知るであろう。

気候変動が、アル・ゴア氏が言うように「不都合な真実」であるとすれば、核兵器が持つ皆殺しの可能性は、気候変動の問題以上に深刻な「不都合な真実」である。恐らく21世紀に人類が直面する最大の課題は、緊急に核兵器の時代に幕をおろすことであろう。

皆殺しから廃絶へと向かうには、世界各地のあらゆる人々からの絶大な支援が必要である。政治指導者たちのみに任せておくわけにはいかない。世論の支持という強力な土台がなければ、政治指導者たちは勇気と粘り強さをもって、核兵器のない世界を追求することはできないだろう。私たち市民は、無力感や専門家に任せようとする性向を克服し、全人類の利益のために行動を起こし、核兵器廃絶という「チェンジ(変革)」を実現しなければならない。

デービッド・クリーガー プロフィル
 1942年、米ロサンゼルス生まれ。1968年にハワイ大で博士号(政治学)取得。サンフランシスコ州立大准教授などを経て、1982年に非政府組織「核時代平和財団」を創設、会長として現在に至る。「核兵器廃絶の課題」など編・著書多数。

(2010年3月16日朝刊掲載)

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