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社説・コラム

ヒロシマと世界:NPT再検討会議に向けて 市民の行動、核廃絶への礎

■ジョセフ・ガーソン氏  アメリカ・フレンズ奉仕委員会全米軍縮コーディネーター(米国)

ガーソン氏 プロフィル
 1946年10月、ニュージャージー州プレーンフィールド生まれ。1968年、ジョージタウン大学(外交)卒業。1996年、ユニオン・インスティチュート大学で博士号(政治学・国際安全保障研究)取得。1976年にノーベル平和賞受賞団体のアメリカ・フレンズ奉仕委員会(AFSC)に加わり、現在、同委員会全米軍縮コーディネーター兼ニューイングランド地方プログラム・ディレクター。5月に国連で開催される核拡散防止条約(NPT)再検討会議を前に、主要な国際反核・平和イベントを催す国際企画委員会の共同議長を務める。米外交・軍事政策、特に核軍縮分野の専門家として活躍している。著書に『帝国と核兵器』などがある。


NPT再検討会議に向けて 市民の行動、核廃絶への礎
 

 2年前、米東部ニューハンプシャー州の平和活動家たちは、来るべき大統領選候補の討論集会に向け、影響力を行使したいと会議を開いた。イラクやアフガニスタンでの戦争、核兵器の危険性と廃絶、経済問題について学んだ。候補者への追求の仕方や、候補者と報道陣、聴衆が同時に理解し、かつ候補者が使い古したレトリックで言い逃れしないよう、質問の仕方についても話し合った。

 私が担当したワークショップは、キャンペーン活動の第一歩として計画されたが、夢物語とも思える目標を掲げていた。「核兵器開発のための予算計上に反対する」「核兵器廃絶のために全力を尽くす」との確約を、候補者から取り付けるとの目標である。

 私は、原爆で広島・長崎が壊滅した理由と、筆舌に尽くしがたい大量殺りくの実態を伝えた。歴代の米大統領が準備を進め、開始をほのめかした40回もの核戦争の危機について概説した。核保有5カ国に、廃絶に向けた軍縮交渉義務を課した核拡散防止条約(NPT)第6条を含め、NPTの重要性を説いた。また、ブッシュ政権が2005年のNPT再検討会議を骨抜きにして、その存在を危うくした経緯についても説明した。

 キャンペーンは成功した。候補者は、資金調達のための催しへの参加、労働会館や教会、集会所での演説、多くの人と知り合う街角集会を数多くこなす中で、核兵器廃絶を求める市民の執拗(しつよう)な質問や、放射線による突然変異を思わせる衣装で催しや集会に姿を見せた若者たちに驚いていた。結果的に、候補者はもとより、そこに居合わせた聴衆や報道陣も核廃絶という課題に注目するようになった。

 投票者の心をつかむために、3人の民主党大統領候補が、いままでにない新しい取り組みを始めた。まず、ジョン・エドワード候補は、銃規制の質問に答える代わりに、核廃絶の重要性を語り始めた。まもなく同候補に、バラク・オバマ、ビル・リチャードソン両候補が、核廃絶の呼びかけに加わった。数カ月後、民主党の政策綱領が発表されたとき、「核兵器なき世界」が盛り込まれていた。2009年4月5日、オバマ大統領はプラハで、米国には核兵器なき世界のために働く「道義的責任」があると明言した。

 だが、言葉だけで十分なのか。

 プラハ演説から10カ月後、ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、ボブ・ハーバート氏は、オバマ大統領が「信頼性の欠如」を生みだしつつあると警告した。ハーバート氏は経済とオバマ氏の戦争に焦点を当てていたが、信頼性の欠如は、米国の核兵器や戦争政策にも生じている。

 今年10月から始まる2011会計年度予算案、核体制の見直し、第1次戦略兵器削減条約(START1)に代わる後継条約…。これらの中身を注視してきた多くの市民は、核なき未来のために全力を尽くすという大統領の言葉よりも、「おそらく生きている間には実現しない」というプラハ演説での大統領の警告の方が本当ではないかと勘ぐるようになった。

 オバマ大統領が勇気ある中道派政治家でないためにせよ、国防総省や軍産複合体の圧力の前に行き詰まったにせよ、オバマ政権は、大統領が公約した変化よりも、何十年にもわたって行われてきた核政策の継続の方が目につく。

 政府予算は力を入れる対象とその優先順位を映し出す。オバマ政権は新年度予算案で、核兵器関連予算の増額を求めている。例えば、保有核兵器の「信頼性」を確実にするために10%増、核兵器施設の近代化や拡大のために20億ドル増、核搭載可能巡航ミサイル開発に8億ドル、大統領と民主党の綱領では反対していたはずの新型核弾頭の研究開発費計上―などだ。

 さらに、広く知られることになったバイデン副大統領の国防大学での演説が追い打ちをかける。副大統領は、米国が引き続き「核抑止力」に依存していくことを強調した。核抑止力政策は、この60年間、核先制攻撃と核による威嚇の政治的口実を与えてきた。

 START1の 後継条約は、実のある削減というよりは象徴にすぎない。米ロは今後8年間で、配備した核兵器の25%を削減するが、それでも地上にある核兵器の90%以上は米ロの手元に残る。しかし、こういった核兵器削減のための交渉でさえ行き詰まりを見せている。というのもオバマ大統領は、チェコ、ポーランド、ルーマニア、そして海上に「ミサイル防衛」(MD)を配備しようとしており、米国のMD網に囲まれることになるロシアは、米国による核先制攻撃の可能性が強まるとの危惧(きぐ)を抱いているからだ。

 米政府高官は、間もなく公表される予定の「核体制の見直し」について、遠回しながら先制核攻撃政策を継続すると示唆している。このことは、他の国々に米国からの攻撃に備えて核抑止力の維持や開発を促すことになろう。先制攻撃は以前からの自明の政策であると核体制見直しの中で唱えるか否かにかかわらず、核兵器による先制攻撃能力や選択肢は残る。また、見直しの中で保有核兵器の削減や新しい核兵器の研究開発はしない(既にそのための予算は計上されているが…)と約束しても、先制核攻撃の可能性を相殺するものではない。

 オバマ大統領が提唱して4月に開催される核セキュリティー首脳会議にしても、焦点は核不拡散であって核廃絶を目指すものではない。ワシントンの政府関係者が伝えるように、大統領が提案した軍縮に関する議題は、核なき世界を実現することよりも、ブッシュ政権下で失った核拡散防止のための外交上の影響力を取り戻すことに重きが置かれている。

 米国やその他の核保有国は、核兵器の所有や開発、使用による威嚇が可能であるのに対し、非核保有国は保有国の要求に従わなければならない。これでは潜在核保有国や非同盟諸国はもとより、多くの米国の同盟国さえからも心からの賛同は得られまい。5月のNPT再検討会議は、世界中の非核保有国が核保有国に対して第6条を順守するように詰め寄る絶好の機会である。

 「民衆が率いるところ、指導者は従う」という古いスローガンが、まさにこの状況を言い当てている。ニューハンプシャーの市民が大統領選で、核兵器を取り巻く状況に影響を与えたように、平和活動指導者たちの昨年の集まりが、再検討会議が近づくにつれ影響を与えるかもしれない。

 昨年のNPT再検討会議準備委員会のセッションでは、人いきれがする国連本部の地下の部屋やその他の場所に、核廃絶を求める数十人の指導者が世界中から集まり、今年5月のNPT再検討会議に影響を与える方法について計画を練った。私たちは四つの取り組みについて合意した。核廃絶を目的としたこれらの取り組みは、過去十数年で最大の規模となる。世界各地の250の団体が「今こそ廃絶を!」のスローガンのもとに結集し、核保有国に対し、核廃絶のための交渉開始を求めている。

 核廃絶への市民の思いを伝えるため、日本を筆頭に何百万もの署名が集められた。NPT再検討会議で、核兵器禁止条約の交渉開始を義務づけるように求める署名である。私たちは集めた署名を再検討会議に提出し、核保有国をはじめ各国に、核廃絶への外交的意思を固めるように働きかける。

 4月30日、5月1日の両日、平和と正義を求める世界中の千人の活動家が、マンハッタンの由緒あるリバーサイド教会に集まり、国際会議を開く。全体会議には、ロシア、日本、ブラジル、米国、パキスタンからの参加者が演説し、20以上のワークショップが催される。会議では討論の場が設けられ、情勢分析の共有や活動の調整、将来に向けた核廃絶・平和キャンペーンの取り組みについて話し合う。

 5月2日の日曜日は、核兵器なき世界を求める国際行動デーだ。ニューヨークのタイムズ・スクエア近辺には世界から大勢の市民が結集して、広島・長崎両市長をはじめ、アフガン戦争やイラク戦争に反対する人々、被爆者、ウラン採掘に反対するアメリカ先住民らの演説に耳を傾ける。その後、私たちはマンハッタン市街を行進して国連へと向かう。

 再検討会議では、核廃絶を求める若い世代は年長の仲間とともに、各国の代表団にロビー活動を展開。若者たちは工夫をこらして核兵器廃絶を訴える。

 だが、これらの取り組みだけで核危機を取り除くことができるだろうか。いや、それはあり得ないだろう。しかし、米国に結集する過去最大規模の被爆者たちの助けを借りて、私たちは外交官や権力を握っている指導者、そして世界に対して、きれい事を並べるだけではだめだということを明示する。

 人類の存続は核兵器廃絶を実現できるかどうかにかかっている。私たちは、世界に真の安全保障を実現する活動をつくりだしているのである。

(2010年3月29日朝刊掲載)

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