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社説・コラム

評論 米の新核戦略指針 一歩前進 廃絶なお遠く

■特別編集委員 田城明

 「核兵器なき世界」の実現に向け、大胆に行動することを世界に約束したオバマ米大統領のプラハ演説から1年。今後5~10年の米国の核政策の基本となる「核体制の見直し(NPR)」が公表された。その中身は、一日も早い核廃絶を願う多くの被爆者らの願いからすれば物足りない。だが、一歩前進であることも確かであろう。

 広島・長崎への原爆投下から65年間、歴代米政権は核兵器の使用基準についてあいまい政策を取り続けてきた。が、今回初めて核拡散防止条約(NPT)を順守する非核保有国に対して、核攻撃や核による威嚇をしないと明言したのは「前進」だろう。

 新たな核実験をせず、新型核兵器の開発もしない。NPT第6条に準じて、ロシアなど他の核保有国とともに核兵器の漸減努力をし、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准にも取り組む。そして、国際社会、とりわけ米国にとって今日「最大の脅威」と位置づける核テロと核拡散防止に全力を挙げることも評価できよう。

 だが、例えば、非核保有国に核攻撃をしないという「消極的安全保障」は、米国や他の核保有国の核抑止力政策にほとんど影響を与えない。世界最大の軍事力を有する米国が、率先して核による「先制攻撃はしない」、保有の唯一の目的は「核攻撃への抑止」であるとの提言をすれば、オバマ大統領が唱える「核兵器の役割」を大幅に低減させることにつながっただろう。

 8日にプラハで、ロシアのメドベージェフ大統領との間で交わす戦略核をめぐる新しい軍縮条約も、決して大幅なものとはいえない。米ロ双方が、配備戦略核弾頭を1550発、ミサイルなどの運搬手段を800基まで、発効後7年をかけて削減するという。

 さらなる削減交渉を続けるとしているものの、このペースだと、平和市長会議が推進する2020年までの核廃絶どころか、米ロなど世界の有識者でつくる「グローバル・ゼロ」が訴える30年までの廃絶すらおぼつかない。

 しかも、オバマ政権は核削減を進める一方で、「確かな抑止力を維持する」ために、2011会計年度の核兵器関連予算の大幅増を議会に求めているのだ。

 「核体制の見直し」発表は、予定より3カ月余り遅れた。国防総省主導の原案は、もっと後退したものであったといわれる。オバマ大統領らが修正を加えてようやくまとまった。軍部など軍縮に反対する勢力との妥協の産物であることは間違いない。

 オバマ政権は、北朝鮮やイランに対して、核攻撃の可能性を残した。私たちに必要なのは、飢えに苦しむ民を含めて核兵器で人も他の生物も殺りくし、環境をも破壊する核兵器を使用すること自体が、人類に対する犯罪である、との考えである。このような道徳的規範をはぐくむことが何よりも急がれる。

 「核廃絶を目指す」と誓ったオバマ大統領のビジョンは、誰もが共有できる。が、核軍縮を一層促進し、世界から核兵器を無くすためには、米国内はもとより世界中の反核世論が高まる必要がある。

 米核政策の「一歩前進」を軌道に乗せるために、被爆国の日本政府、そして私たち市民一人一人の反核への取り組みも問われている。

(2010年4月8日朝刊掲載)

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