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社説・コラム

非核へ市民の力 NPT再検討会議 開幕

■記者 林淳一郎

 5年に1度の核拡散防止条約(NPT)再検討会議が3日開幕するのを前に、被爆地広島で、核兵器をめぐる国際情勢を学ぶ公開講座に市民の関心が集まった。核軍縮・不拡散関連書籍の出版も相次ぐ。複雑な世界の動きに向き合い、「核なき世界」をどうたぐり寄せていくか。再検討会議は加盟国の政府代表による討議の場であるものの、市民が紡ぐ機運こそが、核兵器廃絶への大きな後押しになる。

講座 世界学び役割探る

 広島市立大広島平和研究所(中区)が4月に開いた4回連続の市民講座「2010年NPT再検討会議をみる視点」。各回のテーマに「NPTとは何か」「米国は変わったか」などを掲げ、約110席の会場は毎回、若者や中高年で埋まった。

 3回目は「核不拡散体制の変容」。インド、パキスタンの核政策について広島大の吉田修教授が解説した。両国ともNPTに未加盟のまま、核兵器の保有を宣言した。事実上の保有国イスラエル、核開発疑惑が解けないイランや北朝鮮とともに、「核なき世界」実現への大きなハードルでもある。

 「核兵器をなくすのは、そう簡単ではないと思うね」。聴講した東区の無職石津忠光さん(66)は表情を曇らせながらも「核を持つのが勝ち、というのもおかしい。日本政府も被爆地も廃絶を訴えるスタンスを変えてはいけない」。

 オバマ米大統領が昨年4月、プラハで「核なき世界」の追求をうたう演説をして1年余り。今年4月に米国とロシアは新たな核削減条約に調印した。廃絶への国際機運が高まる中で迎える今回のNPT再検討会議。被爆地広島でもさらなる前進に期待が募る。

 「しかし過度な期待は禁物。再検討会議は手掛かりになるかもしれないが、ここで核兵器がゼロになるわけではないのだから」と同研究所の浅井基文所長は指摘する。「他人任せではなく、私たち市民の力で世界を動かそうといううねりをはぐくんでいきたい」

 自身も講師を務めた最終回の講座では「核に対する市民意識」について触れた。被爆国日本は核兵器廃絶を訴えながら、米国の「核の傘」に依存したままでいいのか。国是の非核三原則をどう守っていくのか。「わが国の姿勢に無関心で、世界の理解を得ることはできない。ちょっとの疑問と想像力でいろんな矛盾も見えてくる」

 市民講座では、講師が「安全に暮らすにはどうするか。一人一人が意思を示すことが大事では」と語りかける場面もあった。

 その言葉に南区のソーシャルワーカー桜下美紀さん(29)はうなずいた。被爆者医療にかかわり、今回の再検討会議では広島県原水協の代表団に加わって訪米。「自分をアピールするのも苦手。でも、今できることを頑張りたい」。口調に決意を込めた。

書籍 情勢分析 提言相次ぐ

 この半年間、核兵器廃絶や核軍縮・不拡散関連の本や雑誌の出版が相次ぐ。国際政治や法律などさまざまな観点から世界情勢を分析し、提言を試みる内容が目立つ。

 広島市立大広島平和研究所の水本和実教授は昨年12月、「核は廃絶できるか」(法律文化社)を出版した。1998年のインド、パキスタン核実験から昨年1月のオバマ米大統領の就任までを「失われた10年」と位置付け、核が拡散し混迷した国際情勢を年ごとに追う。

 「米国の変化など現在の好ましい流れをどう加速させるか。読者とともに考えていきたい」と水本教授。タイトル通りに市民に問いかける。  早稲田大の浦田賢治名誉教授ら国内外の法律家や平和活動家ら10人は4月に「核不拡散から核廃絶へ」(日本評論社)を出した。核兵器の違法性を説き、核軍縮への誠実な交渉や核兵器全廃条約の実現を求める。

 北朝鮮やイラン、さらにはテロリストが核を持とうとする要因を探るのは、防衛大学校の岩田修一郎教授が4月に出版した「核拡散の論理」(勁草書房)だ。また雑誌「世界」5月号(岩波書店)は「『核なき世界』への挑戦」を76ページにわたり特集。研究者やジャーナリストら12人が、廃絶への日本の役割や米国の核政策などを論じている。


「ヒロシマ・ナガサキ議定書」をPR 市民団体「Yes!キャンペーン実行委員会」 延本真栄子代表

 被爆地広島の市民もNPT再検討会議に向けて奔走した。2020年までの核兵器廃絶への道筋を描いた平和市長会議の「ヒロシマ・ナガサキ議定書」のPRを務めた市民団体「Yes!キャンペーン実行委員会」の延本真栄子代表(61)に、活動に込めた思いを聞いた。

活動 平和考える機運に

 実行委は昨年夏に誕生した。会社員、被爆者、主婦と、30~70代のメンバー約20人が二つの活動に励んだ。

 一つはヒロシマ・ナガサキ議定書を分かりやすく解説する絵本づくり。1万8千冊を出版し、この売り上げを元に自治体を訪ねて議定書への賛同署名を求める全国キャラバンを進めた。署名は最終的に全市区町村の半数を超える約1100に上り、日本政府にNPT再検討会議で議定書の提案国になってもらうよう申し入れた。

 メンバーには、平和活動の「初心者」もいる。私も愛媛県今治市出身。父の仕事で広島へ移り住み、大学時代にアマチュア劇団で原爆劇を上演したことはある。その後も国際交流などには取り組んだが、平和活動はすそ野が広そうで、なかなか踏み込めなかった。

 この議定書も当初は知らなかった。友人に聞いて読むと、20年の期限を設けて廃絶を目指す内容。そんな出合いから実行委が生まれ、「今回のNPT再検討会議で議論してもらいたい」との思いが活動の力になった。

 戦後世代が増え、核兵器や戦争のことを自分に引きつけてとらえにくくなっている。私たちの活動が、「考える」「思う」きっかけになればうれしい。

 再検討会議に合わせてメンバーの被爆者ら5人が訪米し、ヒロシマ、ナガサキをアピールする。私は広島からサポートしたい。実行委は6月末でいったん解散するが、「何かしよう」という仲間たち。きっと新たな活動が生まれると思う。(談)

ヒロシマ・ナガサキ議定書
 平和市長会議(会長・秋葉忠利広島市長)が2008年4月に提唱した。(1)非核保有国の新たな核兵器取得、保有国の使用につながる行為の即時停止(2)廃絶の国際的枠組み合意に向け、保有国に誠実な交渉開始を要求(3)2015年までに取得や使用につながる行為禁止を法制化(4)2020年の廃絶を実現する具体的プログラムを策定―の手順を提起。NPT再検討会議で採択するよう求めている。


視点

■ヒロシマ平和メディアセンター編集部長 江種則貴

 190学級もある超マンモス学校が全クラス代表集会で、5年に1度の全校遠足の行き先と弁当の内容を決める。各クラスは等しく1票を持つものの、多数決ではなく全会一致で決めなければならない。

 前々回(2000年)は一部のクラス代表が積極果敢な取りまとめ役を果たし、おむすび弁当を持って近くの自然公園に行くことができた。ところが前回(05年)は意見がまとまらず、結局、どこにも遠足には行けなかった―。

 いささか強引な例え話だが、NPT再検討会議はそんな全会一致がルールだ。一国でも反対すれば何も決まらない。しかし、だからといって結論がすべて「妥協の産物」になるかというと、そうでもない。

 前々回は、核兵器廃絶を明確に約束する画期的な最終文書を採択した。エジプトやメキシコなど「新アジェンダ連合」諸国が調整役を果たし、採択に及び腰な核兵器保有国を粘り強く説得した功績だった。

 現地でその過程を間近に取材した高揚感を今も思い出す。記事には大げさに「人類は核兵器を開発した20世紀に決別を告げた」と書いた。廃絶への歩みが後戻りしないよう、保有国の背中を押す自負もあった。

 それから10年。廃絶への国際機運は今、かつてないほどに高まっている。同時に核テロの懸念も含め、核拡散が連鎖する恐れも従来になく強い。10年前の「明確な約束」を再確認し、さらに前進させるのが今回の再検討会議の意義となるはずだが、必ずしも楽観できる情勢ではない。

 なのに日本の学級委員、鳩山由紀夫首相は出席しない。米軍基地問題で揺れる沖縄訪問を優先させる理由は理解できるが、被爆国として本当に、それでいいのか。

(2010年5月3日朝刊掲載)

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