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社説・コラム

核兵器禁止条約 NPT最終文書 初の言及

■記者 金崎由美

 米ニューヨークの国連本部で5月3~28日に開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議は、その最終文書に初めて「核兵器禁止条約」の文言を盛り込んだ。核兵器の開発や保有は違法だと明確に位置付ける条約であり、実現すれば、廃絶を確実に進めるための新たな国際規範となる。今回の再検討会議では市民団体や一部国家がその意義を強くアピールした半面、保有国の反発は強かった。経過を振り返りながら、条約制定に向けた今後の課題や展望を探る。

廃絶新規範 実現へ一歩

 再検討会議が4週間の会期の折り返しに差し掛かった14日、核軍縮にかかわる最終文書の最初のたたき台が各国政府に示された。そこには「国連事務総長の5項目の核軍縮提案、とりわけ核兵器禁止条約の交渉を検討」の文言が盛り込んであった。

 しかし、条約制定を強くアピールしてきた欧米の非政府組織(NGO)は冷静な反応だった。「喜んで騒げば殊更に注目が集まり、核兵器保有国がつぶしにかかる」。会議の状況をブログで発信していたアクロニム研究所(英国)のレベッカ・ジョンソンさん(55)も声を潜めた。

アイデア市民発

 「もともと市民発のアイデアが一部の国と連携し、国際社会が実現すべき中心的な課題へと発展してきた。国連の潘基文(バンキムン)事務総長も支持している。こうした核兵器を否定する動きを保有国は恐れている」とジョンソンさん。

 その懸念通り、禁止条約への支持を表明している中国を除き、保有国は水面下で強く反対したとされる。だが公開の場では、執拗(しつよう)な抵抗は見せなかった。

 ロシアは「国連事務総長の軍縮提案」のくだりを削除するよう要求した。フランスは最終文書のうち、加盟国が今後とるべき「行動計画」ではなく、NPTの条文ごとに履行状況を点検する「レビュー」の部分に盛り込むよう主張した。削除が無理なら、せめて自国の行動を縛らない表現で―。そんな苦心の要求と受け止められた。

 採択された最終文書では結局、行動計画とレビューの双方に禁止条約の文言が残った。行動計画の草案作成を担当した第1小委員会のマルシク議長(オーストリア)は「禁止条約がNPTを強化する枠組みとして位置づけられた」と意義を語る。

 世界のNGOが禁止条約を強く求めるのは、NPTだけでは廃絶への法的枠組みとして不十分、とのいらだちが背景にある。核不拡散や核軍縮を進める他の国際法にしても、包括的核実験禁止条約(CTBT)は発効の見通しがたたず、兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約の交渉は一向に本格化しない。

困難な交渉予想

 禁止条約は、核兵器の開発や保持などを包括的に違法化する内容だけになおさら、保有国を巻き込むのは相当の困難が予想される。「だからこそ現段階から条約交渉入りを目指し、各国の政治意思を高めるべきだ」とドイツの軍縮専門家レギーナ・ハーゲンさん(52)。

 ハーゲンさんは今回の再検討会議に合わせ、法律を学ぶドイツの大学生ら約30人とニューヨーク入り。会議の会期中に学生たちはチリ政府代表のアルフレド・ラッベ大使を議長役として招き、6時間にわたって禁止条約の「模擬交渉」に取り組んだ。

 各国政府に禁止条約制定へのロビー活動を続ける核兵器廃絶国際キャンペーンのティム・ライト氏(24)は「再検討会議の結果は満足には遠い。だが、今後も世界規模で運動を仕掛けていく」と力を込めた。


モデル 全19条 完全廃棄定める

 核兵器禁止条約制定への国際機運は、国際司法裁判所が1996年に「核兵器の使用・威嚇は一般的に国際法に違反する」とした勧告的意見が起点になった。これを受け、国際反核法律家協会など3団体が1997年にモデル条約案を発表。同年、コスタリカ政府が国連に提出している。

 しかしその後、成立への進展はなく、3団体は2007年に改訂版を作成。全19条で核兵器の開発、実験、生産、貯蔵などを禁じ、完全廃棄を定める。すべての核兵器保有国や核開発能力を持つ国を含む65カ国の批准で発効し、その15年後をめどに廃絶を達成するロードマップも描く。

 コスタリカ、マレーシア両政府は、2007年のNPT再検討会議準備委員会、国連総会に改訂版の条約案を提出。国連の潘基文(バンキムン)事務総長も08年、核軍縮に関する5項目の提言を発表し、禁止条約を支持した。

 また核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)も昨年まとめた報告書に「策定に向けた活動開始」を盛り込んだ。

 一方、国連総会では1997年から毎年、禁止条約締結に向けた交渉開始を求める決議案が賛成多数で採択されてきた。被爆国日本は「時期尚早」との理由で、棄権を続けている。


「ヒロシマの会」森滝さんに聞く 「草の根」連携 原動力に

■記者 林淳一郎

 核兵器禁止条約を推し進めるための「鍵」は何か―。禁止条約の制定を求める活動に力を入れ、今回のNPT再検討会議に合わせて訪米した市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」の森滝春子共同代表(71)に聞いた。

 ―再検討会議の最終文書に「核兵器禁止条約への交渉の検討」が盛り込まれました。どう評価しますか。  すぐに具体的な議論が始まるわけではないが、国際世論が反映された結果だろう。再検討会議では、禁止条約に前向きなノルウェーやスイスなどの姿勢も光った。志のある国をどう増やしていくかが今後の課題。一方、NPT体制の限界も感じている。別の枠組みで禁止条約を目指す方がいいと考えている。

 ―禁止条約制定の道筋をどう描きますか。  対人地雷、クラスター弾の禁止条約が生まれたプロセスを参考にしたい。劣化ウラン弾についても昨年、ベルギーで禁止法が発効した。根底には、兵器がもたらす非人道的な被害がある。それを食い止めようと、非政府組織(NGO)や市民が世論をつくり、中心となる国が動いて賛同国を広げている。

 政治が深く絡む核兵器を法で縛るのは容易ではないにせよ、非人道性は最大級だ。その点は再検討会議の最終文書にも記された。圧倒的多数の核兵器非保有国が禁止条約作りを進め、保有国を孤立させることはできる。廃絶への大きな推進力になる。

 ―被爆国日本の役割をどう考えますか。  米国の「核の傘」に依存する日本は、世界の期待を浴びながら失望されてもいる。核抑止力を否定しないと、廃絶の先頭には立てない。広島、長崎の原爆被害を踏まえれば、これほどの非人道兵器が今も法で禁じられていないのを「おかしい」と感じないだろうか。市民の側から矛盾を見抜いていかないといけない。

 ―市民の力は重要な鍵ということですか。  私たち市民団体も禁止条約についてもっと勉強を重ね、動いていきたい。私たちは今、一般市民の殺りく禁止などを規定するジュネーブ条約の追加議定書に、大量破壊兵器の使用を禁じる条項を加えるよう求めている。

 こうした運動の意義や課題を分かりやすく市民に伝え、世論を高めていきたい。草の根レベルの取り組みと連携こそが、禁止条約を実現する原動力になると信じる。

(2010年6月8日朝刊掲載)

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