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社説・コラム

フランス被曝者補償法の政令発布 救済「骨抜き」 課題山積

■フリージャーナリスト児玉しおり=フランス

疾病認定 高いハードル 審査員構成に偏り

 フランスの核実験被曝(ひばく)者への補償法が今年1月5日に施行され、半年近く後の6月11日にやっと、法の適用範囲を定めた政令(デクレ)が発布された。1960年にサハラ砂漠であった最初の核実験からちょうど50年。補償への第一歩が踏み出されようとしているものの、課題は少なくない。

 核実験退役軍人協会(AVEN)の記者会見が6月23日、パリ中心地にある協会の顧問弁護士事務所で開かれた。10人に満たないフランスのメディアを前に、AVENのジャン=リュック・サンス会長は開口一番、「デクレはまったく満足できるものではない」と言い切った。

 デクレ発布は当初予定の2月から延期が続いていた。AVENは内容についてモラン国防相に公開質問状を出したものの返答はなく、さらに国防相は補償申請条件についての記者会見を約束しながら、ほごにしてきた。サンス会長の硬い表情に、政府への怒りと不信感がにじみ出ている。

 「もちろん法もデクレも存在価値はある。早速、補償の申請書類を提出する。同時に、デクレ改正の可能性を探りながら、申請がどう受理されるか、あるいは拒否されるかを見極める監視委員会を設ける」。サンス会長は矢継ぎ早に、今後の対応方針を語った。

 核実験被害者補償法とデクレによると、フランスの核実験時に特定の地域にいたことを証明する書類と疾病証明を「補償委員会」に提出し、被曝と疾患との間に因果関係があると推定されれば、補償金を受給することができる。

 ところが「核実験に起因するリスクが無視できると判断される場合はその限りではない」とのただし書きがあり、この補償除外規定に被害者団体は「骨抜きだ」と警戒心を募らせている。被曝線量が低いとみなされれば、容易に切り捨てられてしまうからだ。

 また、審査に当たる補償委員会のメンバーは国防、保健両省の推薦者がほとんどで、被害者団体の代表は含まれていない。政府側の意向がそのまま反映される可能性が高い。

 罹患(りかん)者の多い悪性リンパ腫、多発性骨髄腫や心血管疾患などが対象疾病に含まれていないことにも、被害者は不満を募らせている。

 さらに、放射線を浴びたとされる地域が限られているうえ、関連施設で働いていた現地の労働者には、実験時にその地域にいたことを証明できない人も多数いる。

 補償法制定に当たってモラン国防相は「核実験に参加した15万人の軍人、民間人を対象とする」とうたった。しかし、実際に申請にこぎつけ、補償を受けることができるのは非常に限られた人数になりそうだ。AVENによると、現段階で申請できそうなのは約850件にすぎないという。

 「地域の住民や環境のこともまったく考慮に入れていない」とサンス会長。今後も闘いは続きそうだ。

こだま・しおり
 1959年三次市生まれ。神戸市外国語大、神戸大文学部を卒業しフランスへ。パリ第3大現代フランス文学修士課程修了。邦字紙の編集を経て、日本の新聞・雑誌に寄稿。絵本の翻訳もしている。パリ郊外在住。


≪フランス核実験被害者補償法の骨子≫ 

・核実験と被曝者の疾患との間に因果関係が推定される場合、補償金を一括払いで支給する(リス
 クが無視できる場合は除く)
・デクレ(政令)で定めた時期と地域にいたことを申請者が証明する
・支給を判定する補償委員会は国防省・保健省が任命する7人と委員長で構成
・核実験影響追跡諮問委員会を年2回招集する。メンバーは関係省、国会議員、ポリネシア政府代
 b表、被害者団体、専門家
・補償対象は18疾患とする


≪補償対象の18疾患≫ 

・白血病(慢性リンパ性白血病は除く)
・乳がん
・甲状腺がん(成長期に放射線を浴びた場合)
・皮膚がん(悪性黒色腫を除く)
・肺がん
・大腸がん
・唾液(だえき)腺がん
・食道がん
・胃がん
・肝臓がん
・膀胱(ぼうこう)がん
・卵巣がん
・脳腫瘍(しゅよう)
・骨がん
・子宮がん
・小腸がん
・直腸がん
・腎臓がん

(注)国連原子放射線影響科学委員会(UNSCEAR)の20疾患リスト(2006年)と比べると悪性リンパ腫、多発性骨髄腫を除外している


補償法案の対象地域
 市民団体「フランス核兵器監視協会」のブリューノ・バリオ代表によると、サハラ砂漠の対象地域はレッガヌ、イネケール両実験場を中心に、フランス国防省が放射性降下物を観測したエリア。

 具体的には、レッガヌは1960年の第1回核実験の爆心地から東側へ角度10度で長さ約350キロの範囲、イネケールはタン・アフェラ山を起点に東側へ角度40度で長さ約100キロにわたる範囲となる。現地の人たちの居住地や遊牧民がいた地域は含まれていない。

 フランス領ポリネシアでは、ガンビエ諸島▽トゥレイア、レアオ、プカルアの3環礁▽ハオ環礁の放射能除去センターなどがあった3地域▽タヒチ島の一部など―が対象地。

 しかし、現地の核実験被害者団体「ムルロア・エ・タトゥ」は、フランス国防省の報告書に1966~74年の計203回の核実験で放射性物質が降下したとあるとして、フランス領ポリネシア全地域が汚染されたことは明白だと反発している。

(2010年7月13日朝刊掲載)

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