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社説・コラム

『この人』 平和記念式典で平和の鐘をつく遺族代表 石川典宏さん

■記者 林淳一郎

 「広島の市民、平和運動に取り組む人の思いをしっかりと受け止めて臨みたい」。あの日から65年を迎える8月6日、原爆投下時刻の午前8時15分に可部小6年椎木咲来さん(12)=安佐北区=とともに平和の鐘を鳴らす。

 広島市西区にある実家の酒販店で働く被爆3世。少年時代、祖母(87)から自宅での被爆体験を聞いた。見渡す限り焼け野原になった広島の街の記憶だった。曾祖母は自宅前で被爆し14年後の1959年に亡くなった。原爆慰霊碑の死没者名簿に名前が刻まれている。

 ビルが立ち並び、市民や車が行き交う今の広島。「僕らが目にする光景から祖母の話は信じられなかった。曾祖母の被爆した状況ももっと詳しく聞いてみたい」と表情を引き締める。

 愛知県内の大学に進み、卒業後はいったん名古屋市で飲食関係の職に就いた。「広島では原爆や平和の話は当たり前。でも県外に出るとほとんど話題に上らないことを知った」。25歳の時「家業を頼む」という父の願いを受け入れ帰郷した。戦争状態のアフガニスタンなどの報道を見るたび、家族談議が始まる。「やはり広島だ」と思う。

 1カ月ほど前、市から遺族代表に選ばれたとの連絡があった。「ひしひしと責任の重さを感じている」。同年代の友人は中区で営むバーで被爆証言を聞く集いを開く。「若い世代がヒロシマを引き継がないといけない。そして争いの悪循環を断ち切らないと」

 原点から世界に響く1分間の鐘の音。犠牲者への追悼の念とともに、自らの決意を込める。

(2010年7月21日朝刊掲載)

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