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社説・コラム

ヒロシマと世界:核兵器禁止条約 今こそ可能

■アラン・ウェア氏 核軍縮・不拡散議員連盟国際コーディネーター(ニュージーランド)

ウェア氏 プロフィル
   1962年3月ニュージーランド生まれ。1983年、ワイカト大学で学士号(教育学)取得。平和教育者、平和・軍縮コンサルタント。核兵器使用の非合法性を国際司法裁判所に問うた世界法廷プロジェクトの国連コーディネーター。モデル核兵器禁止条約の草案作成に参加。1996年、国連国際平和年ニュージーランド賞受賞。2009年には、平和教育や軍縮活動が認められ、もう一つのノーベル平和賞ともいわれるライト・ライブリフッド賞を受賞する。現在、ニュージーランド/アオテアロア平和財団ウェリントン所長、ウェア氏が創設した核軍縮・不拡散議員連盟のグローバル・コーディネーター。核政策法律家委員会(LCNP)、反核国際法律家協会 (IALANA)の専門家ボランティアも務める。 


核兵器禁止条約 今こそ可能


 「どちらが強いか答えてみて」とフクロウがタカに尋ねました。「雪ひとひらと松の木だったら?」「松の木に決まっているだろう」とタカは答えました。「こう考えるとどうだい」とフクロウは言います。「先週森にいたら雪が降り始めた。ひとひら、ひとひら、雪が松のこの枝に降り積もっていった。ひとひらの雪はちっとも重くない。でも、そのひとひらが降り積もれば重みで枝を曲げるほどになり、やがて枝は折れてしまう」

 9歳のとき、私は物理学者になりたかった。アーネスト・ラザフォードという原子の基本的構造を明らかにしたニュージーランドの物理学者や、エネルギーと質量の等価を示す特殊相対性理論(E=MC2 )を導き出したアルバート・アインシュタインが私のヒーローだった。しかし、広島や長崎にもたらした核兵器の破壊力や、太平洋諸島で実施された大気圏核実験によって諸島全体が破壊され、先天性異常児が生まれたり、がんやその他の健康障害に苦しんだりする人々が増えているのを知ったとき、私は物理学者ではなく、平和教育者、平和活動家になろうと決めた。

 私の小さな声やほそぼそとした活動では、核保有国に何の影響も与えることができないかもしれない。彼らの核抑止力政策や過剰な力の行使、他者を滅亡させるという威嚇が自らの安全をもたらすという核抑止力信奉への政治的支持に影響を及ぼすことはできないかもしれない。しかし、降り積もった雪が松の木を折る力があるように、私のような声がたくさん集まれば、最後には世界の安全保障の枠組みを、核兵器による滅亡から平和と共通の安全保障の枠組みへと移行させることができるかもしれない。

 最近の進展を見ると、より平和な世界的な枠組み、特に核兵器禁止条約を通じての核兵器廃絶が、今こそ可能ではないかと思えてくる。こう考える主な理由は、2010年5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、米国、ロシア、英国、フランス、中国の5核保有国を含むすべての加盟国が合意した内容にある。そこには「核兵器のない世界を実現、維持する上で必要な枠組みを確立すべく、すべての加盟国は特別の努力を払わなければならない」とある。また、「国連事務総長の核軍縮に関する5項目の提言、とりわけ核兵器禁止条約への交渉の検討や査察の強固なシステムに裏づけされた相互に補強し合う法律の枠組みの提言」も盛り込まれている。

 これは大きな進展で、市民社会に支持された各国政府が、核兵器廃絶の協議や交渉を始めることが今や可能となっている。

核兵器禁止条約の背景

 核兵器禁止条約の構想は新しいものではない。1995年、NPT運用検討・延長会議で、核兵器禁止条約への大きな後押しがあった。その当時私は、小さな活動家のグループに所属し、声明の素案づくりにかかわっていた。それは、核兵器禁止条約の下、2000年までに核兵器廃絶を、NPTの枠内で実現することを求めるものであった。「アボリション2000」で知られるこの声明は、何百もの非政府組織(NGO)からすぐさま支持を得たが、各国政府を動かすには至らなかった。

 続く1996年、国際司法裁判所(ICJ)は満場一致で、「厳格かつ効果的な国際管理の下、全面的な核軍縮へと導く交渉を締結させることを誠実に追求する義務が存在する」との結論を出した。

 そして国連総会は、「核兵器の開発、製造、実験、配備、貯蔵、移譲、威嚇、使用を禁止し、廃棄を定める核兵器禁止条約の早期締結に導く多国間交渉を開始する義務を直ちに履行すること」を、すべての国家に求める決議案を毎年採択することにより、この結論を継続させた。

 しかし、核保有国でこの決議案を支持したのは中国、インド、パキスタン、北朝鮮で、その他の核保有国やその同盟国はこの決議案に反対し、今日まで核廃絶へ向けた交渉を阻止してきた。だが、2010年のNPT再検討会議がこの状況を変え、核兵器禁止条約に向けた取り組みがようやく可能となった。

モデル核兵器禁止条約

 1996年、核廃絶の実現可能性を示すため、核政策法律家委員会の後援を受け、私はモデル核実験禁止条約の素案を作成するため軍縮専門家たちを集めた。

 草案作成者たちは核軍縮に対して現実的アプローチを取った。すなわち各国政府が核軍縮に同意するために解決しなければならないさまざまな政治的、技術的、法的問題について考慮した。要するに私たちは、現実に条約を交渉する政府の立場に立ち、政府が直面するであろうすべての懸念に対処しようと試みた。その結果70ページにおよぶ素案ができあがった。一般的な義務、軍縮のための段階的プログラム、順守事項の検証システム、信頼醸成および紛争の解決策、実施の仕組み、国家ならびに個人の責務、その他核兵器、核兵器運搬システム、核分裂物質、核施設に関連した内容が盛り込まれている。

 最新のモデル核兵器禁止条約が2007年のNPT再検討会議準備会合および国連総会で提出され、国連のすべての公用語で回覧された。また、潘基文(バン・キムン)国連事務総長は、2008年に発表した核軍縮のための5項目の提言の中で、この条約の支持を表明した。

国会議員と市民社会からの支持

 国会議員と市民社会の核兵器禁止条約への支持は広がりをみせている。秋葉忠利広島市長と田上富久長崎市長が主導する平和市長会議に加盟する4000以上の都市が、核兵器禁止条約を通して2020年までの核廃絶を支援している。列国議会同盟は150以上の国会を代表しているが、2009年4月に潘基文事務総長の5項目の提言を支持する決議を採択した。オーストリア、バングラデシュ、コスタリカ、ドイツ、イタリア、ニュージーランド、ノルウェー、欧州議会をはじめ、数多くの議会が独自の決議案を採択して、核兵器禁止条約の支持を表明した。アボリション2000には、核保有国などの有識者らでつくるグローバルゼロや、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)など、他の国際的グループも加わり、核兵器禁止条約の普及に努めている。

人道法の適用

 国際人道法は、核兵器の使用や、無差別であったり、不必要な苦しみを引き起こしたり、中立の領土を侵害したり、不当に挑発したり、長期にわたり深刻な打撃を環境に与えたりするような戦争形態を禁じている。この法律の重要性は、軍事的必要性を上回るものだ。

 この国際人道法を対人地雷やクラスター弾へ適用することで、国際社会は意欲的にこのような兵器を支持する軍事的主張に対抗し、これらの兵器に対する国際的禁止条約を勝ち取ってきた。赤十字国際委員会、スイス政府などがこの人道法を活用し、国際社会の間に核兵器禁止を促進するためのキャンペーンを始めた。これを後押ししているのが、国際司法裁判所と2010年のNPT再検討会議での合意であり、核兵器への国際人道法適用の強化につながった。

 核兵器禁止への国際人道法のアプローチは、すべての国々が合意しているかどうかにはとらわれない。例えば、対人地雷禁止条約やクラスター弾禁止条約は、同じような考えの国々が交渉を開始し、まだ加盟準備ができていない諸国によって妨害されることなく、準備ができた国から加盟することで達成されたのである。

どのようにして実現するか

 2010年NPT再検討会議での合意事項である「核兵器のない世界を実現、維持する上で必要な枠組みを確立すべく、すべての加盟国は特別な努力を払わなければならない」に基づき、同じ志をもった国々が核兵器廃絶の過程について協議、交渉を始めることが可能になった。これには、以下に挙げる幾つかの取り組みを同時に行うことになるだろう。

 1.ほとんどの非核兵器国がただちに調印できる、核兵器の使用、威嚇、所有の違法性に関する条約交渉の開始(核同盟国が調印するには、核抑止力にしがみついている状況を放棄しなければならない)

 2.ニュージーランドやモンゴルで採択された法律に似た、核兵器を禁止し、犯罪とする国ごとの特別措置法の採択。

 3.国際刑事裁判所(ICC)の付属文書を修正し、裁判所の管轄下で核兵器保有の犯罪化の採択。

 4.現存する核兵器の段階的削減について、検証措置を含む核兵器禁止条約の準備作業を開始し、最終的な条約成立に向けての交渉や支持を確固するために、核保有国からの参加を保証。

 核保有国の中で影響力を持ち、尊敬を集めている中堅国家は、このプロセスを成功に導く主要な役割を担っている。核兵器による被害を最も受けた日本やカザフスタン、マーシャル諸島などの非核保有国も同様に大きな影響力を有する。悲惨な彼らの体験から、これらの国々は、国際人道法の下で核兵器の違法性を示し、強化することができる。

核兵器禁止条約 今こそ可能

 グローバル化が進む世界において、国の領土を守るために核兵器を保有し続けることは、20世紀よりも一層ばかげたことである。逆に、核廃絶の可能性は一層高まっている。核保有国もその同盟国も、そしてそれ以外のすべての国々も、国際化が進む金融、通信、政治、生態系を通じて密接に関わりを持っている。一つの国が他国に対して核兵器を使用したときのその影響は、金融破綻(はたん)、環境への悪影響、難民危機、政治的麻痺(まひ)、通信網の崩壊など、使用した国にブーメランのようにはね返ってくるのだ。グローバル化した世界では、検証や実施面で、核兵器禁止条約を実現するより高い能力を与えてくれている。

 もちろん、政治指導者たちの中には、いまだに20世紀の思考にとらわれている者もいる。核兵器の存在によって権力や地位を得ている国や、1000億ドルの核兵器産業から既得権を得ている企業もある。しかし、市民社会によって支持された賢明な指導者たちによって、核兵器禁止条約の実現は現実味を帯びてきた。私たちはその実現に向けてともに力を合わせ、行動していこうではないか。

(2010年7月26日朝刊掲載)

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