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社説・コラム

「ヒロシマと世界」を終えるに当たって 

■ヒロシマ平和メディアセンター長・特別編集委員 田城明

被爆地の願い 「原点」 高まる市民社会の重要性

 ヒロシマ平和メディアセンターの日英2カ国語ウェブサイトと連動した論評シリーズ「ヒロシマと世界」を掲載して1年7カ月。この間、ほぼ月2回のペースで掲載。寄稿者は米国、ロシア、英国、南アフリカ共和国、コスタリカ、アルゼンチンなど19カ国、36人に達した。  シリーズの目的の一つは、タイトルが示す通り、核・平和問題などに深くかかわる世界の有識者から寄稿してもらうことで、ヒロシマが世界の人々とどう結び合っているかを知ることにあった。もう一つは、寄稿者が住む地域が抱える核をめぐる問題などに触れることで、私たち自身の視野を広げ、理解を深めることにあった。

 寄稿内容を振り返り、幾つかの特徴を挙げてみよう。

 想像以上だったのは、広島を訪れた経験のある寄稿者のだれもが、原爆資料館の見学や被爆体験を聴くなど「原点」に触れることで、大きな影響を受けていることだ。

 オーストラリアの元外相ギャレス・エバンズ氏は、20歳の学生のときに広島を訪れ、「8月6日に起こった出来事の恐怖に深く心を動かされた」と記す。同時に彼は「同じ悪夢が繰り返されないようにしようとの決意が芽生えた」とも。そのエバンズ氏は、今も深く核軍縮・不拡散活動にかかわる。

 カナダの元上院議員で軍縮大使のダグラス・ロウチ氏も、壊滅的被害や苦しみから立ち上がったヒロシマに希望を見いだす。この希望ゆえに「議員、外交官、市民社会の指導者として、解決困難な核兵器の問題に対処する役割を25年間にわたり果たすことができた」と振り返る。

 学生時代は「核抑止論信奉者だった」という韓国・延世大教授の文正仁(ムンジョンイン)氏。1976年の広島初訪問で、原爆がもたらした恐るべき破壊を目の当たりにした文氏は、「それ以来、断固として反核の立場を取り続けている」と記す。

 インドやパキスタン、イスラエルからは、地域が抱える深刻な核状況とともに、解決の糸口となる提言もなされた。

 パキスタンの核物理学者のペルベーズ・フッドボーイ氏は、印パ両国の核への依存が「暴力文化を加速させている」と指摘。インドのジャーナリストのJ・スリ・ラーマン氏も、米国をはじめ核保有国とインドとの間で進む原子力協定が「南アジアの核軍拡競争に拍車をかけている」と警告する。

 そして両氏とも、印パの核兵器廃絶には、世界の核軍縮実現以外に道はないと説く。

 イスラエルの元国会議員で平和研究所を主宰するイサム・マフール氏は、自国が保有する核兵器が「中東における核軍拡競争の根本原因を成している」とみる。イランを含め中東に平和をもたらすには、非核兵器地帯を設けるなど、すべての人々にとって安全が保障されなければならないという。

 核不拡散が有効に働くには、すべての核保有国が誠実に核軍縮・廃絶に取り組むほかない。それが寄稿者に共通する考えであろう。

 では、核軍縮・廃絶へと人々を突き動かす最も有効な手だては何か。それは被爆地を訪れた寄稿者が自ら体験したように、「核戦争の本当の恐ろしさ」を知り、「ヒロシマ・ナガサキの思いを共有することだ」と力説する。

 この事実は被爆地や被爆国市民への期待の大きさの表れでもあろう。一方でその期待に応え切れていない反省を、私たちに迫っているようにも思える。

 戦争や核兵器のない世界を築くうえで、市民社会の重要性がますます高まってきた。その点を強調した寄稿者のメッセージは、本紙読者のみならず、私たちのウェブサイトを通じて世界の多くの市民にも共有されたことだろう。


ヒロシマと世界 寄稿者一覧
                                           (掲載順、肩書は掲載当時)

 1 ロバート・リフトン氏          精神医学者   (米国)
 2 ペルベーズ・フッドボーイ氏      核物理学者   (パキスタン)
 3 アレキサンダー・リコタル氏      国際政治・歴史学者   (ロシア)
 4 ケイト・デュース氏           平和・軍縮教育者   (ニュージーランド)
 5 ダグラス・ロウチ氏           元上院議員・軍縮大使   (カナダ)
 6 ナスリーン・アジミ氏          国連訓練調査研究所(ユニタール)広島事務所長   (スイス)
 7 レベッカ・ジョンソン氏         アクロニム研究所長   (英国)
 8 バァップ・タイパレ氏          核戦争防止国際医師会議共同会長   (フィンランド)
 9 スコット・リター氏            著述家・コンサルタント   (米国)
10 ヤコフ・ラブキン氏           モントリオール大歴史学教授   (カナダ)
11 ギャレス・エバンズ氏         「核不拡散・核軍縮に関する国際委」共同議長・元外務大臣(オーストラリア)
12 マーティン・シャーウィン氏      ジョージ・メイソン大歴史学教授   (米国)
13 デービッド・クリーガー氏        核時代平和財団会長   (米国)
14 ウルシュラ・スティチェック氏      広島大非常勤講師   (ポーランド)
15 デーブ・スチュワード氏         デクラーク財団ディレクター   (南アフリカ共和国)
16 ダニエル・エルズバーグ氏      元国防総省職員・平和運動家   (米国)
17 ジョディ・ウィリアムズ氏        「ノーベル女性の会」代表・ノーベル平和賞受賞者   (米国)
18 アーロン・トビッシュ氏         広島平和文化センター専門委員   (米国)
19 ジョセフ・シリンシオーネ氏       プラウシェアズ基金理事長   (米国)
20 イサム・マフール氏           「エミール・ツーマ」パレスチナ・イスラエル研究所会長   (イスラエル)
21 ティルマン・ラフ氏            メルボルン大准教授・核戦争防止国際医師会議理事   (オーストラリア)
22 クリストファー・ウィラマントリー氏   元国際司法裁判所副所長   (スリランカ)
23 J・スリ・ラーマン氏            ジャーナリスト   (インド)
24 ダイアナ・ルース氏           平和運動家・ジャーナリスト   (米国)
25 文正仁(ムン・ジョンイン)氏      延世大政治学教授   (韓国)
26 ジャヤンタ・ダナパラ氏         パグウォッシュ会議会長・元国連事務次長   (スリランカ)
27 スーシー・スナイダー氏        「パックス・クリスティ」核軍縮プログラムリーダー   (ドイツ)
28 ロニー・アレキサンダー氏       神戸大大学院国際協力研究科教授   (米国)
29 ジョセフ・ガーソン氏           米国フレンズ奉仕委員会全米軍縮コーディネーター   (米国)
30 カルロス・バルガス氏          国際反核法律家協会副会長   (コスタリカ)
31 ワンガリ・マータイ氏           環境活動家・ノーベル平和賞受賞者   (ケニア)
32 アドルフォ・ペレス・エスキベル氏   人権活動家・ノーベル平和賞受賞者   (アルゼンチン)
33 デニス・クシニッチ氏           民主党下院議員   (米国)
34 ピーター・カズニック氏          アメリカン大歴史学教授   (米国)
35 スティーブン・リーパー氏        広島平和文化センター理事長   (米国)
36 アラン・ウェア氏             核軍縮・不拡散議員連盟国際コーディネーター   (ニュージーランド)

(2010年7月26日朝刊掲載)

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