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社説・コラム

被爆65年 8・6に思う

■センター長 田城 明

核廃絶へ ヒロシマは厳しさ越え、国連、国際NGO、非核保有国との連携強化を 

 核時代の扉を開いた米国による広島への原爆投下から65年。瞬時に生き地獄と化した軍都廣島(ひろしま)は、原爆の惨禍を乗り越え、核兵器も戦争もない世界の実現を願うヒロシマに生まれ変わった。1947年8月6日の広島平和祭に始まる平和記念式典。長い、長い道のりを経て迎えた今年の「原爆の日」、ヒロシマはなお厳しい状況に置かれながらも、新たな希望の一歩を刻んだ。

 その一歩は、世界192カ国が加盟する国連を束ねる潘基文(バン・キムン)事務総長が、事務総長として初めて式典に参列したことだ。潘氏は被爆者の長年にわたる反核・平和への取り組みや、2020年までに核廃絶を求める平和市長会議のイニシアチブをたたえながら、核兵器のない世界実現に向けて全力で取り組むことを誓った。

 核廃絶に向け国連との連携を長年求めてきたヒロシマにとって、大きな援軍である。核保有国の中には、潘事務総長の発言と行動を「国際機関のトップとしてバランスに欠ける」と批判する向きもある。しかし、ヒロシマ・ナガサキの訴えと重なる潘氏の勇気ある核廃絶提言と行動は、世界の非政府組織(NGO)や非核保有国からも圧倒的な支持を得ているのである。

 国際機関の代表であると同時に、韓国人指導者でもある潘事務総長の式典参列は、「原爆投下は日本の朝鮮植民地に対する当然の報い」との考えが根強く残る韓国との関係を考えるとき、一層その意義は増す。平和記念公園内にある韓国人原爆犠牲者慰霊碑に献花した潘氏は、多くの同胞が被爆した理由について思いを巡らせたことであろう。

 人類共通の「核の脅威」に立ち向かう世界市民の立場で、ヒロシマ・ナガサキとつながった潘事務総長。両被爆地への訪問は、いわば被害者側から、無言のうちに「許すが忘れない」と私たち日本人に手を差し伸べているのかもしれない。韓国人被爆者をはじめその他の戦争被害者に十分な戦後補償を怠ってきた政府と私たちは、潘氏の未来を見据えた誠意ある行動に、誠意をもって応える必要があるだろう。

 核保有国の英仏政府代表とともに、ジョン・ルース駐日大使が米政府を代表して、初めて式典に参列したのも新しい一歩である。就任間もない昨年10月、家族と一緒に平和公園を訪問。原爆慰霊碑に花輪をささげ、原爆資料館を熱心に見学した。オバマ大統領の意向を受けた今回の式典参列は、「私的」訪問の前回とは、明らかに意味が違う。終始変わらぬ硬い表情が、その違いを際立たせていた。

 参列後に米大使館から出されたコメントには、式典出席の目的を「第2次世界大戦のすべての犠牲者に敬意を表し」「核兵器のない世界の実現を目指すため」とあった。

「原爆投下は戦争終結を早め、多くの米兵の命を救った」「真珠湾を忘れるな」。そんな世論がなお幅を利かせているだけに、参列自体が「謝罪の表れ。許せない」と批判の声も上がっている。

 だが、米国の若い世代を中心に多くの人々が、ルース大使の参列を積極的に支持しているのも事実。平和公園で会ったコロラド州からやってきた3人の女子大生は、「大使がいてくれて良かった」と口をそろえた。オハイオ州に住む知人からは、電子メールで「ルース大使の参列が注目され、式典や広島などでの反核行動が例年より多くのメディアで取り上げられている」と知らせてきた。

 米政府首脳が被爆地を訪れると、原爆投下に対して謝罪するかどうかに注目が集まりがちである。2008年にあった主要8カ国(G8)下院議長会議が広島で開かれた折、ナンシー・ペロシ下院議長の訪問に対して、河野洋平元衆院議長は、ハワイの真珠湾を訪れ、第2次世界大戦で犠牲になった米兵らすべての犠牲者に花輪をささげ、哀悼の意を表した。

 オバマ大統領の広島・長崎訪問を求めるなら、菅直人首相も政府代表として進んで真珠湾を訪れ、河野氏と同じように犠牲者に哀悼の意を示すべきだろう。大量破壊兵器である核兵器による被害という特別な事情はある。しかし、和解は双方が歩み寄ってこそ成立するものである。

 ヒロシマ・ナガサキにとって大事なことは、被爆地を訪れた核超大国の指導者らに核兵器がいかに人道に反した兵器であるかを知ってもらい、廃絶のための政治的決意を固めてもらうことである。

 5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議は、全会一致で最終文書こそ採択したものの、あらためて核保有特権にしがみつく米ロ英仏中5カ国の姿勢が明白になった。「核なき世界を目指す」というオバマ政権は、核兵器改良のために今後10年間で800億ドル(約7兆2千億円)を使うことを約束した。ロシアも対抗して核兵器関連施設の拡張・改良を目指している。他のすべての核保有国も同じである。

 核軍縮が進展しなければ、核拡散は進む。核軍縮・不拡散の機運が世界的に高まっている今こそ、「日本国政府の出番」と広島市の秋葉忠利市長は平和宣言でうたい、米国の「核の傘」からの離脱や、非核三原則の法制化を政府に強く求めた。だが、菅首相も岡田克也外相もそれぞれ記者会見で「核抑止力は必要」との立場を明らかにした。

 潘事務総長は式典あいさつで「地位や名声に値するのは核兵器を持つ者ではなく、これを拒む者であるという基本的な真実を、私たちは教えなければならない」と説いた。

 核に依存する者が、核なき世界実現へ「先頭に立って」道義的責任をどう果たすのか。1年近く前の政権交代後も変わらぬ核政策を維持する「唯一の被爆国」…。被爆者をはじめ私たち市民は、まず自国政府に、潘事務総長が指摘する「基本的な真実」を教えなければならないのか。

 鳩山由紀夫前首相は「東アジア共同体」構想を打ち出し、中国、韓国をはじめ近隣のアジア諸国との信頼構築を目指すとした。「核の傘」に頼らない日本になってこそ、菅首相が唱える海外への「被爆特使」派遣も効果が高まろう。  被爆65年。核廃絶への機運は世界的に確実に高まっている。しかし、それを実現するには、長崎とともに私たちは日本政府への働きかけを強め、同時に国連や非核保有国、国際NGOとの連携強化を一層図らねばならない。

(2010年8月8日朝刊掲載)

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