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社説・コラム

被爆65年式典 米国での報道事情

■平和メディアセンタースタッフ アダム・ベック

 広島市が営んだ今年の原爆死没者慰霊式・平和祈念式(平和記念式典)に、初の米国政府代表としてジョン・ルース駐日大使が参列した。日本国内では大々的に報道され、オバマ大統領が提唱する「核なき世界」への機運を高めるか、うまくいけば大統領の広島訪問実現にもつながる大きな一歩としての期待を強めている。

 しかし、米国での報道はどうだろうか。式典についてどの程度の報道がなされ、米国の人たちの反応はどうだったのか。

 潘基文国連事務総長とルース大使が参列したことで、米国では例年になく式典について広く報道されたといえるだろう。トップニュースとしては取り上げなかったものの、主要報道機関はテレビ、新聞、インターネット上で報道した。そのため、式典と核兵器廃絶のメッセージはある程度、米国民に伝わった。だが、隅々まで行き渡るには及んでいない。

 ニューヨーク・タイムズ紙は「責任問題を避け、核兵器使用に対しての痛ましい警告としてヒロシマを全世界に示している」と表現した。この核兵器廃絶に関する明確で前向きなメッセージに、大部分の米国の報道が焦点を当てた。ルース大使は式典で終始無言だったが、「未来の世代のために、力を合わせて核兵器廃絶を実現しなければならない」などとした大使館発表のコメントは広く引用された。

 しかし、こうした前向きな見方を複雑にしているのが、依然としてくすぶる過去の影響だ。ウオール・ストリート・ジャーナル紙は、オバマ大統領がルース大使を式典に派遣したことに退役軍人から大きな不満の声はないようだと伝えた。だがそれは、ルース大使が謝罪を発表することはないとオバマ政権が強調していたからだ。原爆は戦争の早期終結につながったという考えが米国では根強い中、「謝罪」は物議を醸し、政治的に意見が分かれる問題である。

 感情的に過去にとらわれれば、前向きな核兵器廃絶のメッセージはぼやけてしまう。如実に示したのが、原爆投下機(エノラ・ゲイ)の機長(故ポール・ティベッツ氏)の遺族の発言だ。保守系のフォックス・ニュースに対し、機長の息子のジェームズ・ティベッツ氏は「無言の謝罪に等しい行為だ。なぜそうしなくてはならないのか。なぜルース大使は参列するのか。まったくわからない」と述べた。

 それでも、ヒロシマの核兵器廃絶と平和へのメッセージは確かに米国に届いている。ABCニュースは「被爆者の数が少なくなっている中、彼らの声は強くなっている」と報道した。

 これを顕著に示したのが、ハリー・トルーマン第33代大統領の孫であるクリフトン・トルーマン・ダニエル氏が8月6日付のシカゴ・トリビューン紙に寄稿したエッセーである。ダニエル氏は、原爆投下を決定した祖父に理解を示しながらも、原爆犠牲者、被爆者に同情を寄せた。

 ダニエル氏は、2001年9月の米中枢同時テロ犠牲者を追悼するニューヨークのトリビュートWTCビジターセンターで今年初め、佐々木禎子さんの兄の雅弘さんと、その息子で禎子さんのおいにあたる祐滋さんに面会した。ダニエル氏はそのエッセーの中で、面会に感激し、二人から千羽鶴の束を平和と友情の印として受け取ったことを紹介した。さらに禎子さんが死ぬ間際に握っていた小さな折り鶴を手にし、いつの日か広島に訪問するよう招待を受けた、と書いている。

 「核兵器のない世界」を訴えたプラハ演説以来、当然のことながら、オバマ大統領は幾度となく被爆地を訪問するよう招待を受けてきた。ニューヨーク・タイムズ紙も「広島市長と市民は何度もオバマ大統領に広島訪問を呼び掛けた」と紹介している。

 AP通信は式典について「ルース大使の参列は、65年前の原爆で廃虚と化した二つの都市へのオバマ大統領訪問の呼び水と映る」と報道した。同時に、オバマ氏が現職大統領として初めて広島、長崎を訪問することになれば、大きな論議を巻き起こすだろうとも伝えている。

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