×

社説・コラム

国際シンポジウム 「核兵器廃絶に向けて私たちは何をすべきか」

 被爆65年の8月6日を前に、二度と過ちを繰り返さないための方策を考える国際シンポジウム(広島市立大広島平和研究所、中国新聞社ヒロシマ平和メディアセンター主催)が7月31日、広島市中区の広島国際会議場であった。テーマは「核兵器廃絶に向けて私たちは何をすべきか」。市民約300人を前に、米国や韓国、被爆地広島・長崎の専門家が意見を交わした。(文中敬称略)

≪パネリスト≫

元長崎大学長         土山秀夫氏
政治学者・評論家       ダグラス・ラミス氏
人材育成コンサルタント    辛淑玉(シン・スゴ)氏
広島市立大広島平和研究所教授 金聖哲(キム・スンチュル)氏
同准教授           ロバート・ジェイコブズ氏
中国新聞社          金崎由美記者

≪司会≫

広島市立大広島平和研究所教授 水本和実氏



基調講演

禁止条約の採択を急げ 土山秀夫氏

 5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議は期待はずれだった。最終文書を見ると、抽象的な文言がちりばめられている。妥協の産物だ。

 米国のオバマ大統領は昨年4月、プラハで「核兵器のない世界」を目指すとうたった。今年4月に発表した新核戦略指針「核体制の見直し(NPR)」にはNPTに加盟して順守する国に核攻撃しないと盛り込むなど、一連の動きは評価したい。しかしオバマ構想だけで核兵器を廃絶できるかというと疑問だ。

 NPT体制を強化するというが、加盟していないインド、パキスタン、イスラエルをどうするのか。インドはNPT発効以来、不平等条約には賛成できないと主張。パキスタンはインドが加盟しない限り加盟しない。イスラエルは核兵器を持っているとも持っていないとも言わない。

 また日本や韓国、オーストラリアなど同盟国には、いわゆる「核の傘」を提供し続けると大統領は言っている。ほかの核保有国には核兵器の役割を低下させようと言っているのに。矛盾だ。

 ではどうするか。テロリストに核兵器が渡る危険性が高いのはパキスタンであり、一刻も早く国際的な枠組みに入れるのが大事だ。核兵器禁止条約が、その枠組みとなる。国連総会で毎年提案され、100カ国以上が賛成している。インドもパキスタンもイランもだ。

 私たちが何をすべきかを考えると、核兵器禁止条約をできるだけ早く採択させることだ。日本は先導して、反対する国をなくしていかないといけない。

 冷戦が終わって21年たっても日本政府は冷戦思考から抜け出ていない。米国に核の傘の提供を求めている。その理由に北朝鮮や中国などの脅威を挙げる。平和憲法に基づいた多国間の平和外交を積極的に推し進める意欲にとぼしい。市民の声、力を日本政府、そして核兵器保有国にぶつけていくことが核兵器廃絶への一番の近道だ。

つちやま・ひでお
   1925年長崎市生まれ。長崎医科大(現長崎大医学部)在学中に入市被爆した。88年から92年まで長崎大学長。「世界平和アピール7人委員会」委員。


核使用 テロ攻撃と同じ ダグラス・ラミス氏

 テーマの「何をすべきか」について、世界で最も核兵器反対の声を上げている被爆地広島の人に言うことはない。専門の政治思想史の視点から言葉を正しく使うことは重要だと考えている。政治家があいまいな言葉を使う時は、おそらく何かを隠しているからだ。

 例えば「テロ」という言葉。米国は2001年の米中枢同時テロを機に、テロに対する戦争をすると言いだした。テロとは何なのか理解していないと思った。2002年に友人と米国の雑誌へ「テロの定義」を求める広告をだした。50ほどの回答が寄せられたが、誰も答えられなかった。

 「テロ」とは、英語やフランス語で「大きな恐怖」を意味する。辞書によると、政治用語になったのは、18世紀のフランスの恐怖政治からだ。法による統治を放棄し、市民社会に恐怖が訪れた。19世紀になると反政府勢力によるテロが現れる。大量殺りくしなくても、不特定の人を狙うだけで多くの人をパニックに陥れることができる。

 軍事戦略も恐怖とパニックを与える。相手に圧力をかけ、やる気をなくさせる「テロ作戦」だ。無差別爆撃は戦争を早く終わらせる人道的なやり方だという不思議な考え方も生まれた。そこに誰がいるか分からないが、人がいるから空爆する「テロ爆撃」。そう考えると、原爆投下こそが最大のテロだ。

 ところが、テロに対する戦争と、核兵器の問題は、多くの人の頭の中では別の物になっている。そして、核を持つ米国が対テロ戦争をしている。考え方によっては、米国は米軍と戦わないといけない。テロを減らすのであれば。

 核抑止も、もし侵略したらやり返すぞ、テロ攻撃をするぞ、ということ。「核の傘」は「テロの傘」といえる。核兵器廃絶のため「何をすべきか」を考える前に、私たちはどのような状況にいるのか、政治用語もしっかり理解しながら、議論することが大切だ。

ダグラス・ラミス
 1936年米サンフランシスコ生まれ。80年から津田塾大教授を務め、2000年に退職後、沖縄で執筆、講演活動を続けている。著書に「なぜアメリカはこんなに戦争をするのか」など。


廃絶への方策

 水本 基調講演で、核兵器禁止条約に言及がありました。実現するには、どこが主体になるべきでしょうか。

 土山 対人地雷やクラスター爆弾の禁止条約の例もある。賛成国がまず加盟し、さらに参加国を増やした。反対国を圧迫して条約に組み入れていく手法だった。ただ保有国が限られる核兵器の場合は、持っていない国がいくら努力しても核兵器保有国が動かないと先に進まない。そこが対人地雷などと根本的に違い、悔しい。

 国際条約は国会の批准が必要。核保有国の国会議員をどう取り入れていくかが鍵だ。核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)が非政府組織(NGO)の要求を取り次いで核保有国政府に迫ることも欠かせない。そうすれば核兵器禁止条約も日の目を見ると思う。

 ジェイコブズ 核兵器は平和を保障するものだという考えが米国人にある。他国やテロリストが核を保有している限り、廃絶は自殺行為だと思うだろう。オバマ大統領になっても多大な国防予算を拠出し、核兵器は軍事経済にとっても重要だ。米国のリーダーや政治家からは廃絶へのリーダーシップは期待できない。市民が動きをつくり、その声にリーダーが従う流れをつくる必要がある。

 水本 米国ではかつて核実験に立ち合った兵士や、実験場の風下の住民も被曝(ひばく)しましたね。

 ジェイコブズ 広島の被爆者グループと、米国の被曝者グループの結び付きが大切だ。国境を超えてヒバクシャがつながりを持つということ。グローバルな声を国連や各国政府に届ける必要がある。

 金 非核兵器保有国の連携も、核保有国に圧力をかけることができる。日本にはその力があると思う。しかし、一方で核拡散防止条約(NPT)に加盟していない、事実上の核保有国インドと原子力協定の締結を目指すなど、核不拡散政策においては限界と矛盾を感じている。

 インドを先例に、北朝鮮が核保有の正当性を主張するかもしれない。朝鮮半島の非核化や広島、長崎の希望と逆行する論理だ。日本は、原発の使用済み核燃料の再処理にもこだわっているが、プルトニウムの大量備蓄は原子力の平和利用を脅かしかねない。

 金崎 日本政府は「核兵器禁止条約は時期尚早」という立場をとってきた。被爆国なのに核兵器を「違法」と言えない。核兵器は国の安全を守るのではなく、危険をもたらす存在と考える国が多数派だ。5月のNPT再検討会議の取材を通し、米国の核兵器にすがり「核の傘は必要」と主張している日本は主流派ではないとあらためて感じた。

 土山 日韓両国が「核の傘」からどう離脱するか。日韓と北朝鮮で北東アジア非核兵器地帯をつくり、米国、ロシア、中国の3カ国との間で核攻撃をしない約束を結ぶことが重要だ。ただ、政府レベルでは立ち遅れており、話し合いを進めているNGOなどがプッシュしていかなければならない。

被爆地の声

 水本 広島、長崎の声は世界に届いているのでしょうか。

  広島は言葉を失った町ではないかと思う。たくさんの感情や思いがあっても声を上げず、また上げられずにきた。その声を聞こうとする政府や社会でもなかった。ヒロシマの苦しみはそういうことだろう。

 土山 従来の平和運動の大部分は、政党や労働組合など団体主導型だ。大きなパワーはあるが、海外も含めて志を同じくする人が集まり、声が届いたと錯覚してしまう。草の根の市民単位で広げていく方が、より効果的ではないだろうか。

 ジェイコブズ 核兵器の脅威を日常的に感じている人はそう多くない。広島、長崎の「二度とあってはならない」との声は、将来の不安というよりも昔起きた悲劇と受け止められがちだ。今も世界中で戦争は起きているのだから、核兵器だけでなく、通常兵器や戦争に対しても声を上げてもらいたい。

  広島、長崎の被爆者と、軍国主義時代の日本から暴力を受けたアジアの被害者には感情を共有できる部分がある。広島と長崎がアジアの人たちの声を受け入れることで、核兵器廃絶に向けた戦略が広がる。

 ラミス 沖縄の声もなかなか届いていない。日本全体で日米安保条約の支持率は75%にも上るが、基地が集中している沖縄では6%。「戦争は嫌だから守ってほしい」という一方で、「基地は来てほしくない」と矛盾した思いがある。安保条約についてももっと考えてもらいたい。

 金崎 米国で専門家らに取材中、「米国に被爆地の声を届けるのも大事だが、まずは日本政府に届けるべきではないか」「日本政府は核で守ってくれと言うが、被爆者はそうではない。どちらなんだ」と言われた。「核兵器はいらない」という市民からの訴えが肝心。同時に、海外の個人や団体とつながっていくことを、もっと意識してほしい。

 水本 廃絶を訴える一方で、日本の加害責任をどうとらえるべきでしょうか。会場からも質問が届いています。

  日本政府は「二度と戦争をしたくない」ではなく、「二度と敗戦国になりたくない」と考えてきたのではないか。唯一の被爆国と言うのなら、被爆者にどう向き合ってきたのか。朝鮮半島を踏み台にしたかつての戦争を顧みれば、加害者として正しい被害者になれなかったといえる。

 過去の加害を謝る人もいる。しかし、自分が人を殺したわけではない。代理人になって謝罪する必要はないと思う。再発を防ぐ行動が大事。目の前の被害を放置すれば、加害者になるのだから。ポーランドやフランスがどれほどの血を流し、ドイツと歴史を共有する努力を払ったかを思えば、日本を暴走させている責任は一義的には韓国にもある。

市民の力

 水本 市民レベルで具体的にどう行動すべきでしょうか。

  日本の若者に「敵は何か」と聞いたとき「中国」と答えられ、驚いたことがある。かつて米国防長官は「私たちが中国を敵と見れば、中国が敵になる」と話した。その意味を考えてほしい。

 ジェイコブズ 植民地支配や全体主義は終わらないと思われていた。一人一人の小さな力が重なって、盛り上がり、結局は崩壊した。核兵器もいつかはなくなる。あまりにも問題が大きく、自分が小さいと思わず、闘い続けることだ。

  少しでも分かり合える人と早く手をつなぐことが重要と考えている。ただ、いつも分断されるから力が弱い。テレビを見て変な表現があればファクスを送り、いい記事を読めば電話をかけるようにしている。頑張っている人を支えることで変わっていく。個人的には、絶えず自分の意見を言うことが大事だと考えている。原爆を落とした国、落とさせた国、その双方の責任をしっかり問うていきたい。

 ラミス 一緒に悩んでほしい。インドのガンジーは、英国に自国の人々が協力しているから支配が続くのだと言い、協力をやめれば英国の権力は蒸発すると「真の自立」を説いた。それぞれが政府から自立した自分の思想を持ち、市民社会に広がっていくと大きな力になる。

 土山 日本の世論調査を見ると、「核の傘」に守られながら廃絶を主張することの矛盾を75%が感じ、同じ割合で核あっての日米安保が平和と安定に寄与していると答えている。大きなギャップが日本の中にもある。国内の他の地域では、被爆地ほど核問題を深刻に考えてはいないと認識してほしい。海外発信も大事だが、まずは足元の日本でどれだけ相手を説得し、納得させるかも留意しなければならない。


NPT再検討会議が採択した最終文書(骨子)

・核兵器のいかなる使用も人道上、破滅的な結果をもたらすことを深く憂慮
・すべての国は「核兵器なき世界」を達成する政策を追求
・再検討会議は国連事務総長の5項目の提案、とりわけ核兵器禁止条約に関する交渉提案に留意 ・ロシアと米国は新たな核軍縮条約(START)の早期発効および完全実施追求を約束
・核保有国は2014年の再検討会議準備委員会に核軍縮の進展状況を報告
・ジュネーブ軍縮会議は核軍縮に関する補助機関を直ちに設置
・すべての核保有国は消極的安全保障に関する既存の取り決めを完全に尊重。包括的核実験禁
 止条約(CTBT)を批准
・一層の非核地帯の創設を促進
・ジュネーブ軍縮会議が核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約の交渉を直ちに開始
・国際原子力機関(IAEA)追加議定書の早期締結・発効を促進
・中東地域のすべての国家は非核国としてNPTに参加。大量破壊兵器が存在しない中東地域に向
 け、地域のすべての国家が参加する会議を2012年に開催
・北朝鮮はすべての核兵器を完全かつ検証可能な形で廃棄。NPTへ早期復帰

辛氏
 1959年東京生まれ。企業や自治体、教育機関の組織運営指導、人材育成に取り組む。かながわ人権政策推進懇話会委員。

金氏
 1956年韓国光州生まれ。韓国統一研究院主任研究委員などを経て2007年から現職。専門は朝鮮半島問題、北東アジア地域主義。

ジェイコブズ氏
 1960年米シカゴ出身。イリノイ大で博士号取得後、広島平和研究所講師に。2010年から現職。専門は歴史学。

金崎記者
 1970年秋田県生まれ。95年中国新聞社入社。国際部、東京支社などを経て2008年11月から連載「核兵器はなくせる」を担当した。

水本氏
 1957年広島市生まれ。新聞記者、広島平和研究所准教授を経て2010年から現職。専門は国際政治、核軍縮。著書に「核は廃絶できるか」。

(2010年8月4日朝刊掲載)

この記事へのコメントを送信するには、下記をクリックして下さい。いただいたコメントをサイト管理者が適宜、掲載致します。コメントは、中国新聞紙上に掲載させていただくこともあります。


年別アーカイブ