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社説・コラム

NPT再検討会議 カバクトゥラン議長に聞く

■特別編集委員 田城明

核廃絶へ最終文書実行を

 2010年5月に、米ニューヨーク国連本部で開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議で議長を務めたフィリピンのリブラン・カバクトゥラン国連大使が、8月末にさいたま市であった国連軍縮会議に参加した。その機会をとらえ、同市内のホテルでカバクトゥラン氏にインタビューした。最終文書を採択した再検討会議の結果に「議長としての役割を果たせた」としながらも、「最終文書に基づく行動がなければ何も生まれない」と、各国政府や市民社会に核軍縮・廃絶への一層の取り組みを求めた。

 ―議長として大役を果たされ、全会一致で最終文書の採択にこぎ着けました。会議が成功するとの確信は、始まる前からありましたか。
 「核兵器なき世界」を訴えたオバマ米大統領の、昨年4月のプラハ演説など核軍縮に向けた政治状況はプラスに働いていた。それでも1年前の私には、確信は持てなかった。だからこそ事前に、核保有国、非核保有国を問わずNPT担当関係者らとの意見交換を精力的に行った。ある程度自信があったとはいえ、会期終了前日(5月27日)には、失敗するかもしれないと本気で心配した。

 ―核兵器を含む非大量破壊兵器地帯の設置に関する中東決議をめぐってですか。
 その問題もあったが、何よりも時間がなくなりつつあった。私は最終文書を各国政府代表に26日に提示した。核保有国に対してすでに多くの譲歩をしており、これ以上文書に手を加えるつもりはなかった。

 1995年のNPT再検討会議で採択した中東決議に沿った今回の中東決議文も同じ。アラブ諸国や米国など関係国は、首都に伺いを立てた。待つ身の私にとってそれは賭けだった。最終日終了間際の数時間前に採択されるとの良いサインを得た。心底、ホッとしたよ。

多くの成果残る

 ―私たちも現地で取材する記者からの報告を受け、はらはらしました。ところで、会議前半に出された最終文書の草案には、核兵器廃絶への行程表作成のための国際会議を2014年に開くなど踏み込んだ内容になっており、被爆者をはじめ多くの市民を喜ばせました。予測されたこととはいえ、その後、核保有国側からの圧力があり、行程表のくだりが削除されるなど内容が薄められました。この点をどう受け止めていますか。
 確かに最終文書の最初のたたき台は先進的なものだった。非核兵器国の交渉者たちは、国際的な非政府組織(NGO)や平和市長会議の力を得て、核兵器ゼロに向けて具体的な期限を設けるように圧力をかけ続けた。市民社会の力の反映でもある。

 しかし、核保有国との交渉の中で、譲歩せざるを得ないことも分かっていた。問題は譲歩してもなお意味のある内容を残して、いかに最終文書を採択するかだった。期限こそ設けることはできなかったが、多くの成果があったと思っている。

 ―例えば?
 核兵器の完全廃棄を明確にうたい、それに向けて核保有国は具体的な取り組みをするという誓約を受け入れた。そして次のNPT再検討会議が開かれる前年(2014年)の準備委員会で、どれだけ行動したかについて報告することが義務づけられた。この点は一つの大きな成果だ。すべての核保有国が、包括的核実験禁止条約(CTBT)に早期批准すべき約束も明記された。

 ―核軍縮に向けた潘基文(バンキムン)国連事務総長の五つの提案、特に核兵器禁止条約(NWC)の交渉を検討すべきだとの文言が、初めて最終文書に入ったことも意義深いですね。
 その通りだ。核兵器の使用はもちろん、開発、保有も明確に違法だとする核兵器禁止条約は、これまでコスタリカとマレーシアが国連総会で提案しただけだった。再検討会議では、中堅国家と呼ばれるノルウェーのような国を含め100カ国以上が賛意を示した。この条約をめぐって核保有国との間で大変な闘いがあったが、この文言が明記されたことで、核廃絶への方向性が生まれた。

NWC議論の時

 ―これまでは2カ国だけでその声は小さかったが、今は無視できないだけの大きな声になったと…。
 そう。これも核兵器禁止条約を要求し続けてきたNGOを中心にした市民社会に負うところが大きい。その声が非同盟諸国(NAM)の声となり、先進国をも巻き込んでいった。時期尚早との見方もあるが、核兵器はもはや使用可能な軍事手段ではないと主張する軍事専門家や政策決定者が増えている中で、今こそ核兵器禁止条約について議論すべきときだ。核保有国はこの条約に関して、もう無視はできないだろう。

  ―被爆地広島・長崎からすると、あまりにも当たり前すぎることですが、核兵器の非人道性についても初めて言及されました。
 核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果を引き起こし、すべての国が国際人道法を含む国際法を順守する必要性があると強調されている。換言すれば、核兵器の使用は、国際人道法に違反すると言うことだ。核兵器国によってこの文言も除外されようとしたが、スイス、ノルウェー、非同盟諸国などの強い抵抗で残すことができた。入念に事前準備をしたことが功を奏したとも言える。

 ―というと?
 私は今年3月にオーストリアのウィーンを訪れ、軍縮問題を扱った第1小委員会のアレクサンダー・マルシク議長と話し合った。彼は誰と相談することもなく、軍縮を強く求める最終文書の草案をまとめた。そこではすでに文書が作成され、あらかじめ準備が整っていた。

 ―ということは、3月の時点でこういう言葉を最終文書に入れようと決めていた?
 その通りだ。この文言が残ったのには、マルシク氏の功績が大きい。

 ―再検討会議には、被爆者を含め日本から約2千人の市民がニューヨークを訪れ、核廃絶のための行動を展開しました。市民社会の役割についてどう思われますか。
 ほかのものと取り換えることができないほど重要になっている。私は被爆者らの訴えを受け止め、彼らが指し示す方向に向かわなければならないと思っていた。市民社会はもっと行動を起こす必要がある。政府にプレッシャーをかけて、核兵器廃絶の実現が人類の重要な課題であることを訴え続けなければならない。そして核兵器がもたらす被害の実態を広く世界中の人々に伝える必要がある。

「惨状知らない」

 ―まだまだ知られていないと…。
 そうだ。私は自国のマニラを含め各地で開かれた会見で、メディア関係者らに広島への原爆投下でどれだけの犠牲者が出たか、爆弾の威力などについて尋ねてみた。ほとんど知る者がいない。中東や南アジアなどで核戦争がもたらす惨状について話しても、知らない人々があまりにも多い。この点で日本は大きな役割を果たさなければならない。なぜなら、日本人こそ核兵器がもたらす本当の苦しみを知っているからだ。

 ―今回のNPT再検討会議の結果を踏まえて、さらに核軍縮を進展させるには何が必要ですか。
 難しい課題だが、各国政府、市民社会を含め、最終文書で採択された中身を実現させるための行動が不可欠だ。それがなければ何も生まれない。行動が伴わなければ、NPT体制にとって破滅的な状況を迎えるだろう。まず、中東決議に基づき、12年に中東非大量破壊兵器地帯設置に向けて国際会議を開催することが非常に重要だ。中東でうまくいかなければ、ほかの問題にも悪影響を与える。

 ―最終文書の採択は、スタート台に立ったにすぎないということですね。
 その通りだ。国際社会は、緊急性をもってこれまで以上に核軍縮への不断の取り組みを強める必要がある。

リブラン・カバクトゥラン氏
 1950年1月、フィリピン北部カミギン島生まれ。1974年、フィリピン大で修士号(政治学)取得後、国立経済開発局で9年間勤務。1983年、外務省に入省。ニューヨーク国連本部での2度の務め、在アラブ首長国連邦大使などを歴任。外相特別補佐官(核軍縮・不拡散担当)。今年4月、国連大使に就任。

(2010年9月6日朝刊掲載)

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