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社説・コラム

どうなる新防衛大綱 新安保防衛懇が報告書

■ヒロシマ平和メディアセンター編集部長 江種則貴

「核の傘」依存 廃絶と矛盾

 政府が今年末をめどに進める新防衛計画大綱の策定に向け、菅直人首相の諮問機関である「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」が先月、報告書をまとめた。「非核三原則」の見直し検討にも言及する大胆な内容で、被爆地では疑問や怒りの声が上がっている。日本を取り巻く脅威を口実に、米国の「核の傘」への依存を強め、自前の防衛力を強化することが、被爆国の安全保障として果たして正しい選択と言えるだろうか

非核三原則

見直し検討 併記

 懇談会の報告書は、日本が国是とする「(核兵器を)持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則について、「当面、改めなければならない情勢にはない」と前置きしながら、こう記す。「一方的に米国の手を縛ることだけを事前に原則として決めておくことは、必ずしも賢明ではない」

 つまり日本の安全保障のために、三原則のうち米国の核兵器を日本国内に「持ち込ませない」の部分は見直しも検討すべきだ、との問題提起である。堅持か見直しかの最終判断を菅政権に委ねた両論併記とも言える。

 さらに報告書はこの前段で、米国が日本に差し掛けている「核の傘(拡大抑止)」について、日本や地域全体の安定を維持するために「重要」と位置付け、「究極的な目標である核兵器廃絶の理念と必ずしも矛盾しない」とも述べている。  2004年に策定された現行の防衛大綱をはじめ、大綱はこれまで一貫して「核兵器の脅威に対しては米国の核抑止力に依存する」と位置付けてきた。

 しかし、核兵器による被害を二度と繰り返してはならないと誓った被爆国が、廃絶を唱えながら「核の傘」に頼り、国内への核兵器持ち込みを積極的に容認するのでは道理に合わない。またアジア・太平洋地域に展開している米国の核戦力は現在、潜水艦に搭載する戦略核ミサイルが主力。射程は極めて長く、攻撃や威嚇のために日本に寄港したり、ミサイルを持ち込んだりする必要はない。この点について報告書に関連の記述はない。

防衛力とは

「静」から「動」 転換を説く

 報告書は防衛力のあり方について、防衛大綱で受け継がれてきた「基盤的防衛力」の考え方からの脱却を促している点にも特徴がある。

 基盤的防衛力とは、侵略を阻止する最小限度の防衛力を保有する考え方。これに対し報告書は、装備の全体量による「静的抑止」を従来型の発想として否定。弾道ミサイルの飛来、テロやサイバー攻撃、海外の邦人救出、日本周辺の有事など多様な事態が同時に発生する状況に備え、平時からの警戒監視や弾力的な部隊運用で対応能力を高める「動的抑止」の有効性を説いている。

 報告書は同時に、日本が目指すべき国家像を「平和創造国家」と表現し、多国間の安全保障の枠組みへの積極参加や協力推進もうたう。それでも、政権与党である民主党の一部の国会議員や多くの市民団体が提唱している北東アジア非核兵器地帯構想には触れないなど、「核兵器のない世界」の実現を目指す具体策は欠落している。

集団的自衛権

「解釈改憲」促す

 このほか報告書は、兵器や武器の国際共同開発を推進して国内の防衛産業の技術力を高める必要があるとの観点から、「武器輸出三原則」の見直しに言及した。

 さらに、集団的自衛権の行使を禁じてきた政府の憲法解釈の変更を促している。例えば米国に向かう弾道ミサイルを自衛隊が迎撃すれば憲法違反となる可能性があるためで、「日米同盟にとって深刻な打撃となるような事態を発生させない」ことが肝要と説く。

 こうした内容に対し広島の被爆者や市民団体からは「防衛産業の意向ばかり重視している」「核持ち込みを追認し、非核三原則の変更を狙う姿勢は許せない」などと憤慨の声が出ている。ただ、非核三原則については菅首相自身も8月6日に広島で「堅持」をうたいあげたばかり。報告書が次期防衛大綱にどこまで反映されるかは不透明だ。

発想古く 長期的視野なし

明治学院大 高原孝生教授

 新安保防衛懇がまとめた今回の報告書をどう読み解くか。戦後日本の国際関係や軍縮問題を研究する明治学院大の高原孝生教授に聞いた。

 「新たな時代における日本の安全保障と防衛力の将来構想」と題し、「平和創造国家を目指して」のサブタイトルも付く。そんな報告書だが、いくら読んでも将来構想らしさが伝わってこない。安全保障への長期的な視野が感じられない。現状に対する受け身の発想に終始し、例えば15年後にこういう世界にしようとの意気込みも思想も欠落している。

 非核三原則についても米国の手を縛るとか縛らないという発想しかないのは悲しい。三原則はもともと「持たず、作らず、持ち込ませず」と自分自身の手を縛ったことに意味がある。それが各国の信頼を得て地域の秩序を構築し、世界平和に寄与してきた。  いわば戦後日本の勘所ともいうべき部分をかなぐり捨てることが、果たして平和創造国家だろうか。

 核兵器を日本に持ち込ませようという発想が理解できない。戦術核が身近にあれば抑止効果があるという考え自体が古い。米国も既に、戦術核を前方展開しなければ抑止は効かないとは考えていない。

 三原則を改めようとする被爆国の一部の動きを「日本は核兵器を愛している」と言う人がいる。残念だが、その通りかもしれない。  しかし、核兵器を実際に使用したらどうなるかを真剣に考えれば考えるほど、戦争はいけない、核兵器はなくさなければならないとの結論になるはずだ。

 通常兵器の軍縮も地球規模の課題だ。その意味で、武器輸出三原則に基づく日本の「自制」は各国に評価されてきた。いま取り払う理由はなく、むしろ日本の兵器生産が周辺諸国にどう影響するかを考えた方がいい。

 米国の地位が相対的に低下する中で、日本のアジア外交が問われている。北朝鮮との関係をどう正常化するか、中国とどんな関係を構築していくか。真の「人間の安全保障」の考え方に基づき、平和創造国家として何ができるのか。従来型の軍備管理、軍拡競争の発想ではなく、そうした国の基本姿勢の部分をきちんと議論すべきだ。(談)

たかはら・たかお
 1954年神戸市生まれ。東京大法学部卒業後、同大助手などを経て97年から現職。専門は国際政治学、平和研究。


<防衛大綱の推移>

●時代背景

【51大綱(1976年)】
・東西冷戦(緊張緩和)

【07大綱(1995年)】
・冷戦の終結
・自衛隊の災害派遣の増加
・国際平和維持活動(PKO)など国際貢献

【16大綱(2004年)】
・米中枢同時テロ(2001年)
・日本の国家財政悪化
・ミサイル防衛システムを導入

【今回の懇談会報告書】
・中国の軍拡継続
・北朝鮮の核・ミサイル開発継続
・日本の政権交代

●防衛力のあり方

【51大綱(1976年)】
・基盤的防衛力構想(独立国として最小限度の防衛力を保有)

【07大綱(1995年)】
・基盤的防衛力構想を踏襲
・防衛力のコンパクト化
・大規模災害などへの対応

【16大綱(2004年)】
・基盤的防衛力構想の有効な部分を継承
・多機能で弾力的な実効性のある防衛力(対処能力を重視)

【今回の懇談会報告書】
・基盤的防衛力構想からの脱却
・「動的抑止」が重要

●「核抑止」関連の記述

【51大綱(1976年)】
 核の脅威に対しては、米国の核抑止力に依存するものとする

【07大綱(1995年)】
 核兵器の脅威に対しては、核軍縮の国際的努力の中で積極的な役割を果たしつつ、米国の核抑止力に依存する

【16大綱(2004年)】
 核兵器の脅威に対しては米国の核抑止力に依存する。同時に核軍縮・不拡散の取り組みで積極的な役割を果たす

【今回の懇談会報告書】
・米国の核戦力による拡大抑止(「核の傘」)は重要。核兵器廃絶の理念とは矛盾しない
・当面、非核三原則を改める情勢にはない
・しかし、一方的に米国の手を縛る原則を事前に決めておくのは必ずしも賢明ではない


防衛計画の大綱
  日本の安全保障の基本方針で、長期的な防衛力の整備、維持、運用に関する指針を定める。これに基づく中期防衛力整備計画で、自衛隊の部隊規模や経費などを明示している。大綱は1976年に初めて策定し、1995年と2004年に改定された。2001年の米中枢同時テロ後の国際安全保障環境の変化を受けた現行の16大綱は、5年後(2009年)の改定を明記したが、政権交代により1年延期。政府は今年末の策定を目指している。

武器輸出三原則
1967年、佐藤栄作内閣は(1)共産圏諸国(2)国連決議で禁止した国(3)紛争当事国―への武器輸出を認めないと表明。1976年に三木武夫内閣がその他の国にも拡大適用し、事実上の全面輸出禁止となった。しかし政府は1983年には米国への武器技術供与、2004年にはミサイル防衛の日米共同開発・生産をそれぞれ例外扱いにしている。

(2010年9月20日朝刊掲載)

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