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社説・コラム

米大統領の広島訪問 どう考えますか

■記者 金崎由美

 被爆65年の今夏、広島市の平和記念式典に米政府代表として初めてルース駐日大使が参列した。オバマ米大統領の広島訪問への「下地づくり」との見方も浮上する。だが、オバマ政権が初めて9月に臨界前核実験を実施したことが判明。大統領が掲げる「核兵器なき世界」に矛盾する、との失望も広がる。廃絶と保持。核兵器をめぐる二面性を感じさせた大統領を、被爆地に招こうとすることにどんな意味があるのか。ヒロシマが向き合うべき姿勢は―。被爆者、平和問題の研究者、市民団体代表の3人に聞いた。


臨界前核実験に失望 「未来志向」に考え改めて

◇元原爆資料館長 高橋昭博さん

 米国に核兵器廃絶を唱える大統領が現れたことは、私たち被爆者に大きな希望を与えた。広島から世界へメッセージを発信し、廃絶へのスピードを加速させてほしい。私はそう願い、オバマ大統領にあてて広島訪問を呼びかける手紙を4通したためた。

 だからこそ、臨界前核実験の一報を聞いて非常に憤り、オバマ大統領に失望を覚えた。広島へ来てほしい、という私の考えも変わらざるを得ない。爆発を伴わなくても核実験は核実験だ。核兵器廃絶を世界に訴えたプラハ演説は何だったのか。

 臨界前核実験の前から、広島訪問が極めて困難なことは理解していた。「反オバマ」を掲げる米国内の保守派は多大な影響力を持つ。被爆地への歩み寄りに猛反発する国内世論を抑えるだけの政権基盤がないと、訪問への環境は整わない。

 被爆地が「謝罪せよ」と言い続けているうちは米国との対話は不可能だ。ヒロシマが強硬な態度を見せれば見せるほど、オバマ大統領を攻撃する保守派を利することになる。「過去の原爆投下は誤りだった」という公式発言を引き出そうとすることも謝罪要求と同義と取られるだろう。

 私は、原爆資料館長としてローマ法王をはじめとする海外要人を案内した経験から「65年前の恨みにとらわれては、永遠に同じ場所から抜け出せない」と確信している。

 米国を訪れた1980年に原爆を落とした「エノラ・ゲイ」の機長、故ポール・ティベッツ氏と会う機会があった。「あなたにいまさら恨みつらみを言うつもりはない」と述べ、やけどで曲がった右手で握手を求めた。

 彼は「軍人だから再び命令が出たら従う」と語った。本当に残念だった。ただ、「そうならないよう二度と戦争を起こしてはならない」との訴えには同調してくれた。

 今、私たちが取るべきスタンスは「未来志向」の一言に尽きる。オバマ大統領は何より「臨界前であっても、核実験はいけないんだ」と考えを改めなければならない。そうできるのであれば、広島へ来てほしい。そして、被爆者がどれだけ核実験にも反対しているかを知るべきだ。

 原爆慰霊碑で犠牲者の冥福を静かに祈ってほしい。原爆資料館で被爆の実態を知れば、心の中できっと「原爆は使うべきでなかった」と思うに違いない。それでいい。

高橋昭博(たかはし・あきひろ)さん
 1931年広島市生まれ。14歳の時、爆心地から1.4キロで被爆し、大やけどを負う。1979~83年に原爆資料館長を務めた。2008年谷本清平和賞受賞。今年、政府が創設した非核特使に任命された。


期待先行に深い懸念 「投下は過ち」表明が前提

◇広島市立大広島平和研究所長 浅井基文さん

 オバマ大統領の広島訪問への期待ばかりが先行することに深い懸念を抱いている。

 「ノーモア・ヒロシマ」。この言葉には、原爆は決して使ってはならなかったし、これからも使われてはならない、との思いが込められている。だからこそ、被爆地は原爆投下は誤りだったと米国に認識させなければならない。そうでなければ、核兵器使用が許される場合はあると、こちらが認めてしまうことになる。

 オバマ大統領は、プラハ演説の後段で核兵器廃絶を「私が生きている間は無理だろう」と前置きし、「核兵器が存在する限り、米国は効果的な核抑止力を維持する」との論理を展開した。米国は核戦略方針でも北朝鮮とイランへの核使用の可能性を否定していない。

 9月の臨界前核実験はまさに、プラハ演説の後段で述べた内容を実行しているにすぎない。驚くに値しない。

 「オバマジョリティー」との言葉は、臨界前核実験を含む米国の核政策にも無条件の合意を与えてしまうことになる。大統領自身は、学生時代から純粋な気持ちで「核兵器なき世界」にこだわってきたのだろう。だが、理想主義と現実主義の二面性がある。本質を見誤ってはならない。

 もし、大統領が広島でプラハ演説の後段の内容を主張し、原爆投下責任について沈黙すれば、「被爆地がそれを黙認した」と受け取られる可能性がある。過去の原爆投下だけでなく、現在の米の核戦略を正当化する舞台に利用されかねない。

 一方で、「原爆投下は間違っていた」と米政府が認識し、表明するのであれば、オバマ大統領の広島訪問は非常に意味がある。謝罪表明に至るかどうかは米国自身の良心の問題だ。もっとも「間違っていた」と本当に思うのなら、謝罪の気持ちが表れるのが当然だ。

 ルース駐日大使の平和記念式典の参列は、政治的に計算ずくの行動といえる。日米関係から広島訪問に踏み切りつつ、米国内では謝罪と取られないよう慎重に振る舞った。

 被爆地は、「核兵器廃絶に資することには賛成するが、そうでなければ反対する」との揺るぎない物差しを持つべきだ。米国へ原爆投下の過ちを訴え続ける一方、日本政府には「核の傘」の欺瞞(ぎまん)を問い、非核三原則の堅持を迫る。オバマ大統領の動向に振り回される核兵器廃絶の取り組みではいけない。

浅井基文(あさい・もとふみ)さん
 1941年愛知県生まれ。1963年外務省に入り、国際協定課長、中国課長、駐英公使などを歴任。東京大、日本大、明治学院大の教授を経て2005年4月から現職。専門は日本政治外交論。


今こそ実現へ努力を 市民と一致点見いだして

◇ANT―Hiroshima代表 渡部朋子さん

 オバマ政権の臨界前核実験は「核兵器廃絶」とのダブルスタンダード(二重基準)であり、批判されるべきだ。ただし一方で「最終的なゴールは廃絶だ」ともはっきり述べている。大統領は、国内政治を考え戦略的に行動しなければならない面もある。

 現職大統領の広島訪問の価値が、臨界前核実験により無になるとは思わない。必ず世界に大きなインパクトを与える。市民社会がさらなる追い風として連携する機会にもなる。

 広島には、訪れてこそ実感できる「場」としての力がある。核兵器が何をもたらすのか実感してもらうため、あらゆる人たちに広島へ来てほしい。その意味では平和学習で訪れる小学生も、オバマ米大統領も同じだ。

 一方で、要人は対外的な影響力が格段に大きい。米国のルース駐日大使が平和記念式典に参列した際、沈黙を貫き失望の声が上がった。だが、意義を過小評価するべきでない。米国の主要放送局が式典を全米に放映するなど、例年になく関心が高まった。ヒロシマへの関心を呼び覚ます貴重な一歩だった。

 それがオバマ大統領ならなおさら。広島市民と、大統領の双方に納得のいく出会いになってほしい。一致できる点をどう見いだすかが重要だ。原爆慰霊碑に刻まれた「過ちは 繰返(くりかえ)しませぬから」との碑文がヒントになる。

 碑文に主語はないが、英訳すると「We(私たち)」となる。私たちすべてが将来の世代に対し「核兵器は決して再び使わない。そのため核兵器を廃絶する責任を負う」と解釈し、一致点とすればいいのではないか。

 原爆投下責任の所在をあいまいにするとの批判はあるだろう。だが、原爆被害を受けた広島と、原爆を落とした国の大統領の双方が折り合えるポイントを見いだしてこそ、核兵器廃絶へ前進できる。

 被爆の実態を世界に知らせる責任は日本政府が担うべきなのに、被爆地の自治体任せとなっている。「核兵器廃絶の先頭に立つ」というのなら、今こそ、オバマ大統領の広島訪問に向け外交努力を重ねるべきだ。

 訪問が実現すれば、大統領には亡き人々を悼み、被爆者の話を真剣に聞いてもらいたい。そうなれば、米国内で根強い「原爆投下は必要だった」との認識が見直されるきっかけになり、訪問は真に歴史的な意義を持つ。

渡部朋子(わたなべ・ともこ)さん
 1953年広島市生まれ。被爆2世。1989年平和教育や発展途上国支援に取り組むNPO法人「ANT―Hiroshima」を設立。広島市教育委員会委員、広島平和文化センターの評議員を務める。


オバマ米大統領と広島市
 昨年11月、オバマ大統領は「在任中にいつか訪問することができれば名誉」と発言。今年1月には全米市長会議の一員でホワイトハウスを訪れた秋葉忠利市長から「ぜひ広島へ」と声を掛けられ、「行ってみたい」と答えた。大統領は11月、横浜市でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に出席のため来日する。広島市では同時期にノーベル平和賞受賞者世界サミットが開かれ、昨年の受賞者の大統領にも招待状が送られているが、出欠の返事はないという。

(2010年10月17日朝刊掲載)

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