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社説・コラム

平和への視野広げる機会に

■特別編集委員 田城明

 原爆の惨禍を体験した「ヒロシマ」から世界の政治指導者、市民に核兵器廃絶の緊急性を訴え、廃絶への潮流を加速したい―。

 旧ソ連大統領のミハイル・ゴルバチョフ氏ら8人のノーベル平和賞受賞者や、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)など受賞団体の代表らが被爆地で開く「世界サミット」には、こうした思いが強くこめられている。

 同サミットでこれまでに取り上げられた主要なテーマは、人権問題、南北間の格差、核問題、安全保障、気候変動、宗教間の対立など多岐にわたる。

 ただ、今回のように2日間にわたるすべてのセッションを核問題に充てるのは従来になかったこと。ヒロシマ・ナガサキの被爆体験に根ざしながら、核兵器使用がもたらす人体や環境への影響、核軍縮・廃絶に向けての市民社会の役割など、核をめぐるあらゆる問題について専門家を交えて議論し、早期の核廃絶実現に必要な道筋を提示するのが狙いだ。

 今回は特に、5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、初めて最終文書で触れた「核兵器禁止条約(NWC)」の考えをいかに普及していくかが一つの重要なポイントになろう。核兵器の製造・保有・移転・使用を禁止するNWCは、NPTに加盟していないインドやパキスタンなどすべての核保有国にも適用される。

 この条約の基底にあるのは、ジュネーブ諸条約などに示された国際人道法である。大量破壊兵器である化学・生物兵器や対人地雷、クラスター爆弾の各禁止条約が成立したのも、国際人道法に基づく。だが、人類を破滅させる破壊力を持つ核兵器は、非人道兵器の最たるものでありながら、いまだ禁止条約成立には至っていない。

 核保有国に長年無視され続けてきた背景には、自国の安全保障に「核抑止力は不可欠」との考え方と、核兵器保有による国際社会での政治的、軍事的特権の享受、国内核軍需産業の存在がある。

 しかし、核拡散が進み、核テロの脅威が現実味を帯びる中で、核戦争の危険性は冷戦時代よりも高まっており、地球上のすべての人々の生存にかかわる問題として強く意識され始めた。最近の核廃絶機運の高まりともつながっている。

 ノーベル平和賞受賞者や受賞団体には、軍縮や紛争解決だけでなく、人権や人道支援などの貢献が認められ受賞したケースも多い。彼らにとって平和とは、単に戦争や核兵器がない状態を指すのではなく、あらゆる人々の人権が認められ、貧困・飢餓・暴力から解放され、公平さや正義が社会に浸透した状態を意味しているのだ。

 ノーベル平和賞受賞者として、人類の良心を体現し、非暴力で抑圧された人々や平和のために働く。参加者の中には、メイリード・マグアイア氏のように、米国で反核デモに加わったり、パレスチナ人の人権擁護のために積極的に活動を続ける人たちがいる。

 こうした受賞者にとって、核廃絶と人権を守るための取り組みは一体なのだ。核問題が主要テーマの広島会議に、今年のノーベル平和賞受賞者で獄中にある中国の劉暁波氏の代理として天安門事件の元学生運動指導者で、台湾に亡命中のウアルカイシ氏を招待するのもそれ故である。

 中国政府は不快感を示すことだろう。が、ノーベル平和賞受賞者は国益ではなく、世界の人々の人権擁護のために、個人の良心に従って発言し、行動する。それが人類益に通じると信じるからだ。

 ゴルバチョフ氏をはじめ参加者の多くは、過去に広島を訪問している。ヒロシマの持つ人類史的意義、役割を理解する受賞者らの公開での討議や最終宣言の発表は、私たちに勇気と希望、取り組むべき課題、そして平和に対する視野を広げる機会を与えてくれるものとなるだろう。

(2010年11月4日朝刊掲載)

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