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社説・コラム

コラム 視点「被爆者と空襲被災市民、国家補償実現に向け連帯強化を」

■センター長 田城明

 パキスタン国境付近のアフガニスタン東部では、今も多くの住民が米軍の無人戦闘機からのミサイル攻撃などで殺されたり、傷ついたりしている。反政府軍のタリバンや、国際的イスラム武装組織アルカイダの兵士らを狙っての攻撃だが、子どもやお年寄りを含め罪もない人々が殺傷されることが多い。

 住民が殺された村人たちは米国への憎しみを募らせ、若者たちの中にはタリバンなどに加わり、洗脳されて自爆攻撃に走る者も少なくない。

 暴力が憎悪を生み、憎悪が暴力を引き起こす悪循環。米本土から無人機を操作する兵士たちはゲーム感覚で戦争にかかわる。大多数の米国人にとってアフガニスタンは遠い世界のこと。現地へ派遣された米兵や関係者以外に死傷する者はいない。

 戦場となったアフガニスタンの一般住民は、肉親が殺されたり負傷したりしても、補償を求めて訴えるところがない。米政府は耳を傾けず、自国政府にも手助けする余裕がない。泣き寝入りするほかないのが現実である。

 翻って日本はどうか。政府の責任でアジア・太平洋戦争を始め、広島・長崎はもとより、ほとんどの都市が空襲で焦土と化した。地上戦を交えた沖縄、10万人余が犠牲となった東京大空襲…。各地で多くの市民が犠牲になった。

 政府は戦後10年余を経て、被爆者たちの国家補償要求に対して、原爆被害の「特殊性」を理由に医療・財政支援に応じてきた。その措置はあくまでも「社会保障」の枠内であって、国の戦争責任を認めたものではない。被爆者以外の空襲被害者や遺族らに対する補償は、「戦争被害受忍論」で65年間うっちゃってきた。

 その状態は、現在のアフガニスタン住民の犠牲と何ら変わらない。泣き寝入りさせられてきたのだ。戦争責任の主体が明確で、経済先進国だけに、放置してきた国の責任は一層重い。

 「被爆者が国家補償獲得の突破口を開き、一般の戦災者にも広げる」。被爆者団体の運動にはそんな理念も宿っていたが、十分生かされないまま今日に至った。そして今、戦後生まれの政治指導者を含め、日本人の間で戦争や被爆体験の記憶の風化が進む。その状況を反映するように軍事力に依拠した「力の政治」を安易に求める声が強まりつつある。

 こうした時だからこそ、被爆者や空襲被害者らが一体となり、若い人たちを巻き込みながら、国家補償を求めるべきだ。そのことが、補償要求の根底にある核兵器や戦争のない世界実現への力になるに違いない。

(2010年11月8日朝刊掲載)

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