×

社説・コラム

コラム 視点 「仏の核抑止力政策 当局の核被害情報隠しが下支え」

■センター長 田城 明

 「フランスには、核実験による被曝者(ひばくしゃ)は一人もいない」。パリのキュリー研究所で、放射線被害やがん研究に長年携わってきた放射線医学界の重鎮は、こう言い放った。1989年の本紙連載企画「世界のヒバクシャ」取材時のインタビューに答えての発言である。「核翼賛体制」ともいえるこの国の核政策に思いをはせるとき、今でもその言葉がよみがえってくる。

 ラジウムの発見者キュリー夫人にちなんで名づけられた同研究所は、世界で初めて原子炉事故の被害者に骨髄移植手術を施すなど被曝者治療の最先端を歩んでいた。それだけに多くの被曝事例を知っているはず。しかし、くだんの博士は自国のことになると原発による被曝を含め、「安全対策が徹底しているから問題はない」と豪語したものである。

 独自の核抑止力政策と70%を超す世界一の原子力発電へのエネルギー依存。原子力庁の統括下、軍事、民生両方の態勢を維持し続けるために、国民に不安を与えたり、疑念を抱かせたりしかねない核被害情報は、外に漏れないよう当局によって封印されてきた。

  当時、この国で放射線被害者や被曝がもとで亡くなった遺族を探し出すのは容易ではなかった。そして出会った被曝者や遺族は、一様に補償を求めて孤立無援の闘いをしていたのが実情である。

 2004年に今度は、「広島世界平和ミッション」というプロジェクトの一環で、二人の被爆者や大学生らと一緒にフランスを訪ねた。このときは既に核実験や、放射能兵器である劣化ウラン弾による被害者らのグループができており、広島の被爆者とこの国の放射線被害者は、同じ「ヒバクシャ」として体験を分かち合うことができた。平和運動に取り組む人たちが準備した市民集会などでは、被爆証言をしたり、広島から持参の原爆写真ポスターを示したりして、核兵器廃絶と世界平和を願う「ヒロシマの精神」を訴えることもできた。

 被曝退役軍人らの活動が被害者組織の誕生につながり、フランス在住の日本人平和運動家、美帆シボさんらの被爆の実態を伝える地道な取り組みが、この国の市民の核抑止力信仰を少しずつ変えつつあるように感じられた。

 だが、平和ミッション参加者にとってショッキングな出会いも少なくなかった。「核保有は外交政策の一つ。国の安全保障に欠かせない」「どの国も本心では、核兵器を持ちたいと思っている。だから世界から核兵器はなくならないだろう」。こんな発言が、フランス政府の安全保障政策に深くかかわる国立国際関係研究所の研究員から、ためらいもなく発せられる。冷戦後、フランスには特に敵はないと認めた上での発言だけに、被爆者らミッション参加者の気持ちを一層重くした。

 彼らと同じ理屈を持ち出すなら、北朝鮮やイラン、その他の国が核保有に走っても、文句の付けようがないだろう。ほかの国々が次々と核兵器を保有すれば世界はどうなるのか。非国家武装グループによる核テロが現実味を帯びる時代である。研究員らはこうした問題に思いをめぐらせる想像力すら欠落していた。

 フランスの核抑止力政策と核実験などによる放射線被害や環境汚染の情報隠しは、今でも密接につながっている。こうした状況を変えるには、自国が引き起こした放射線被害、さらには広島・長崎の被爆実態をより多くの市民に知らせていくことが欠かせない。認識が深まれば、根強い核抑止政策にも変化の可能性は生まれるだろう。

(2010年12月6日朝刊掲載)

関連記事
核実験から半世紀 仏は今 (10年12月11日)

この記事へのコメントを送信するには、下記をクリックして下さい。いただいたコメントをサイト管理者が適宜、掲載致します。コメントは、中国新聞紙上に掲載させていただくこともあります。


年別アーカイブ