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社説・コラム

社説 秋葉市長の平和行政 被爆地の訴え広めたが

 広島市の秋葉忠利市長が4月の任期満了で退任する意向を表明した。核兵器廃絶を目指す「たすき」は、次のリーダーに託される。

 市長は動画投稿サイトで思いを語ったが、記者会見は拒んでいる。直接、平和行政の総括を聞けないのは遺憾というほかない。

 活動の主舞台は、市長自ら会長を務める平和市長会議だった。2020年までに核兵器を廃絶する―とのビジョンを提唱し、国連の場でも得意の英語を駆使して熱く支持を呼び掛けた。

 市長会議の加盟都市は1日現在で4467。10年間で10倍近くに増えた。国家とは立場の異なる都市が結束し、被爆地の訴えに同調する有意義なネットワークに育ったといえるだろう。

 オバマ米大統領の登場により、核兵器廃絶への国際機運が一気に高まったのも追い風だった。しかし「オバマジョリティー」の言葉は、素直にはうなずけない。

 核なき世界を掲げるオバマ大統領を世界の大多数(マジョリティー)が支持しているとして市長が生み出した造語だ。

 だが米国は原爆投下国である。しかも大統領は核抑止力を維持する姿勢を崩してはいない。昨年には臨界前核実験を実施した。

 原爆投下の責任を追及しないまま米国に追随するのかと、市長のフレーズに違和感を覚えた市民や被爆者も少なくないだろう。

 市民とのギャップはほかにもある。最たるものが「平和五輪」の招致問題だ。2020年までに核兵器廃絶を果たし、その節目に被爆地で平和の祭典を開くとの理念に賛成する人もいよう。

 だが膨大な資金は調達できるのか、市民生活にしわ寄せはないのか疑問は解消されないままだ。1千億円近い寄付をあてにすると言われても、市民はツケ回しへの不安を拭えまい。

 市長はこの1日付で招致検討の担当職員を増員したばかりだ。それなのに五輪招致を提唱した自らは、決着を先送りして去ることになる。市民への説明責任を果たしたとは到底思えない。

 公約に掲げて実現にこだわった「折り鶴ミュージアム」の新設は市議会の反対に遭い、有識者検討委でも異論が出ている。

 強力なリーダーシップも説明が不十分なら独りよがりになろう。説得力ある被爆地の訴えには足元の共鳴が欠かせない。

 政府に対しては、もっと粘り強くもの申すことができたのではないか。そんな物足りなさが残る。

 昨年の平和宣言では「核の傘」からの脱却を迫った。だが菅直人首相は「核抑止力は必要だ」と応じなかった。その後、この問題でやりとりしたとは聞かない。

 核抑止論は国内にも根強い。それを打ち破らない限り、廃絶の道のりは遠い。原爆被害の悲惨さ、核兵器の非人道性を愚直に訴え続けていくしかないだろう。

 被爆地の声を内外に届ける使命と重責を担うヒロシマの市長。当然ながら、次のリーダーにもその覚悟を求めたい。

(2011年1月6日朝刊掲載)

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