×

社説・コラム

天風録 「二重被爆」

■論説委員 杉本喜信

 チャーチル元英首相の名言が思い出される。「築き上げることは、長年かかる骨の折れる仕事。でも破壊するのは、たった一日の思慮のない行為で足りる」。まさに地でいくような出来事というほかあるまい▲広島と長崎で二重被爆した山口彊(つとむ)さんを「世界一運が悪い男」とお笑いテレビ番組でジョーク交じりに取り上げた英BBC。きのこ雲の写真を掲げたスタジオから笑い声が上がる。「不適切で無神経」と日本大使館が抗議したのは当たり前だ▲BBCといえば、核問題を取り上げた優れた番組制作で知られる。7年前には取材クルーが広島県内に滞在。原爆投下をテーマにしたドキュメンタリーを撮影した。被爆者の声を聞き、平和記念式典にもレンズを向けた▲今回は娯楽番組とはいえ、きのこ雲の下で起きた惨状に思いが至らなかったのだろうか。BBCは「不快な思いをさせて申し訳ない」と慌てて謝罪。原爆に対する日本人の敏感さに理解が足りなかったとの弁解を聞いても、釈然としない▲「うち重なり焼けて死にたる人間の脂滲(にじ)みし土は乾かず」。昨年、93歳で他界した山口さんは被爆体験を数多くの短歌に残している。戦後は通訳や教師を務めるほど、英語にも堪能だった。その言葉にしっかり耳を傾けてほしい、これからでも。

(2011年1月26日朝刊掲載)

年別アーカイブ