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社説・コラム

平和への行動 市民に問う

■ヒロシマ平和メディアセンター事務局長 難波健治

「もうひとつの核なき世界」著者 堤未果さんに聞く

 著書「ルポ 貧困大国アメリカ」で知られるジャーナリストの堤未果さん(39)が昨年末、核兵器廃絶をテーマにした「もうひとつの核なき世界」を刊行した。オバマ米大統領のプラハ演説を契機に、さまざまな立場の人たちにインタビューを重ね、「私たちは本当に核兵器を廃絶したいのか」と逆に問いかけている。市民が主役となった「核なき世界」の実現を呼び掛ける堤さんに、タイトル「もうひとつの」に込めた思いを聞いた。

 ―「もう一つの核なき世界」というタイトルに込めた思いは何ですか。
 「核なき世界」は、オバマ米大統領がプラハ演説(2009年4月)で言いました。為政者がスローガンを掲げるとき、私たちは関連する予算をチェックする必要があります。オバマさんはその後、核兵器関連予算を逆に増やしています。結局、誰かに期待するだけでは核兵器廃絶は進まないのです。一人一人が考え行動して実現する「核なき世界」を願ってこのタイトルを考えました。

 ―核兵器の定義にこだわっていますね。
 定義をはっきりさせることが、廃絶の流れを大きくすることにつながります。広島や長崎への原爆投下から65年。この間、軍事技術は進化し、世界各地に核実験や劣化ウラン弾などによる被曝(ひばく)者を増やしてきました。どこまでを核兵器ととらえるか、が重要なポイントです。

 私は「放射線」で考えるべきだと思います。原発事故も含め、世界中に放射線被害者が広がっている現実を直視すべきです。放射線で今の世界をつないだとき、その求心力になれるのは日本です。

 また、核兵器さえなければいいのか。戦争はいいのか。どんな世界に住みたいのか。安全保障とは何か。そういう議論を徹底的にやるべきです。私たちは核兵器廃絶を口にするが、日本政府は米国の核の傘にしがみついている。原発や武器を世界に売ろうとしている。それでいいのか、と若い人たちに呼び掛けたい。

 ■  ■

 ―どう議論するのですか。
 議論する材料が必要です。公正な歴史的事実と世界の現状に関する知識です。それを提示すれば、若い人は議論を始めます。プロセスが貴重なんです。結論を押しつけては絶対にいけません。議論をつないでいく問いかけも、大人の役割です。

 ―公正な歴史的事実とは。
 ものごとには、原因があって結果がある。原爆は、ある日突然に降ってきた災難ではありません。米国はなぜ、広島と長崎に原爆を落としたのか。その理由を究明するための公正な資料を提示する。戦後米国のプレスコードによって伏せられてきた多くの事実が、半世紀たって公文書で明らかになっています。なのに、日米両国とも若い人にそれを教えようとしません。  原爆投下は、謝ればすむことでもありません。その時なぜそういう決断をしたのか。経緯を正確な事実をもとに理解することが大切でしょう。それをしない限り、人間は同じ過ちを繰り返します。

 ■  ■

 ―広島と長崎の役割をどう考えますか。 
 私は東京の私学(和光学園)で小、中、高と「平和教育」をたっぷり受けてきました。修学旅行も平和教育がてんこ盛りでした。

 被爆者の体験談は怖かった。詳しい内容は忘れましたが、世界各地で放射線被害者に会うたび、広島や長崎のことを思い出しました。データによって得た知識と、生身の人間から伝えられた情報は質が違います。魂を揺さぶってくるからです。子どものころ、教科書で情報として学んだだけだったら、現在のような問題意識は持てなかった。被爆証言は五感を通して伝わってきます。

 原爆投下は、多くの人を殺傷しただけでなく、生き残った人々のその後の人生をどのように変えたのか。被爆の事実を出来事として伝えても、戦争を知らない世代には響かない。時代に合うよう工夫して伝えていくのが私たちの役目です。

 ヒロシマとナガサキは日本の問題であり、地球レベルの問題です。正確な事実にもとづいた歴史教育や平和教育が、核兵器廃絶の世論を前進もさせれば後退もさせるのです。

 私たちは、日本が果たす役割をしっかり自覚しなくてはなりません。放射線がどんなものか、生身の体験を語れるのは、広島、長崎の被爆者です。「オバマジョリティー」でなく、まさに「ヒロシマジョリティー」であるべきなのです。

 ―プラハ演説から何を受け止めますか。
 「核兵器のない世界を実現する」との約束は果たしてもらいましょう。もう一つ大切なことがある。オバマさんの発言で広島も長崎も沸きました。「やっと被爆地の思いが届いた」と。しかしこの半世紀余り、私たちは学校で、国会で、家庭で、核兵器についてどれだけ本気で議論したでしょうか。オバマさんの演説は、そのことを私に気付かせてくれました。

 私たちは一歩前に踏み出さなくてはいけません。その意味で、私はオバマさんに感謝しています。与えられた贈り物に真の価値をつけていくのは、市民一人一人なのです。

 ―核兵器を廃絶するために、私たちが常に心しておくべきことは何だと考えますか。
 核兵器をゼロにするには長い時間がかかります。安全な廃棄法もありません。その間、核兵器を使わせないことが大切です。なぜ核兵器をなくすのか。それは殺りくなき世界を目指すためです。どんな争いごとも外交で解決する意思と能力を持つ世界です。

 世界の動きを正確につかむには、現代史の知識が欠かせません。戦争は貧困とリンクしていますから、それぞれの国が自国の「国民幸福度指数(GNH)」を高めることも大切です。

 私たちは米国の情報をそのまま信用したり、国連に期待しすぎていないでしょうか。もっとクールに世界の動きと核兵器の現状を見つめたい。「誰かが言ったから」ではなく、自分で調査して判断する姿勢が求められます。

つつみ・みか氏
 東京都出身。国連職員、アムネスティ・インターナショナルニューヨーク支局員を経て米国野村証券に勤務中、9・11米中枢同時テロに遭遇した。米国と日本を行き来しながら執筆、講演活動を続ける。著書に「ルポ・貧困大国アメリカ」「同Ⅱ」(岩波新書)など。


偏見捨て現状学びたい

「中高生ノーニューク広島」共同代表・広島学院高2年 馬上拓也さん

 若者たちに「議論を」と呼び掛ける堤さん。広島で核兵器廃絶を目指して活動するグループ「中高生ノーニュークネットワーク広島」の共同代表で広島学院高2年の馬上拓也さん(17)に感想や今後の活動目標を聞いた。

 1年前に「ノーニューク」の活動に参加して直面したのは、自分は核兵器についてあまりにも無知であるという事実でした。

 幼いころから何度も被爆証言を聞く機会があり、原爆がいかに残酷かは知っていました。しかし「核兵器とは何か」と真剣に考えたり、核抑止力や核をめぐる世界の現状について学ぶ機会はほとんどありませんでした。

 そこで僕たちは、これらのことについて学習する場を設けてきました。

 「核兵器をなくすことはできるのか」という大きなテーマのもとで、核兵器の定義を学び、核抑止力をめぐってディベート(討論)をし、九つの国が核兵器を持った理由を調べて発表し合いました。講師の人たちとのやりとりを通して、自分の価値観が根底から覆される経験を何度も味わい、そのたびに悩んできました。

 いま核兵器をなくすため何をすべきなのか。活動を通じてたどり着いた僕の答えは「偏見や先入観を捨て、一から歴史や世界の現状を学ぶこと」です。

 ヒバクシャは広島、長崎に限りません。僕たちは国内外に目を向けて多くのことを学ぶ必要があります。自分はどのような世界に住みたいのか。その目標を明確にして初めて、具体的な取り組みができると考えています。

 議論を重ねていけば、新たなアイデアを生み出すことは可能だと思います。若者がこの課題に挑戦し、乗り越えていくことで、世界を変えていくことができると信じています。

中高生ノーニュークネットワーク広島
 2009年5月に発足。2009年は「オバマ大統領を広島に呼ぼう」との目標を掲げ、4万4千羽の折り鶴を集めてホワイトハウスに届けた。2010年からは、核兵器を保有する9カ国の首脳を広島に招こうと手紙で要請する一方、核兵器に関する学習を続けた。メンバーは広島市と郊外の計8校の中高生約20人。

(2011年2月7日朝刊掲載)

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