×

社説・コラム

核開発の「負の遺産」 DU禁止 世論が鍵

■ヒロシマ平和メディアセンター編集部長 江種則貴

非人道性訴え保有国に圧力

 放射能兵器と呼ばれる劣化ウラン(DU)弾が初めて実戦で大量に使用されたのは1991年の湾岸戦争だった。それから20年。破壊力が大きいため世界各地の紛争で使われ、住民や帰還兵たちは放射線の影響とみられる健康被害を訴え続けてきた。核廃棄物を再利用して造られるDU弾は、まさに核開発の「負の遺産」。製造や使用を禁止する方策はないのだろうか。被害と禁止運動の現状をみる。

使用

 DU兵器は東西冷戦期、戦車向け砲弾として米国で開発が進んだ。重いDUを弾芯に使えば貫通力が大きいため。実戦での大量使用となった湾岸戦争で、米英両軍は約95万発、320トンのDU弾を使った。

 ボスニア・ヘルツェゴビナやコソボ紛争に介入した北大西洋条約機構(NATO)軍はそれぞれ1万800発、3万1500発を使ったと認めている。

 その後もアフガニスタン空爆やイラク戦争で使われた。うちイラク戦争で米軍は「非常にわずかな量」としているが、「少なくとも800トン」との見方があるほか、「30ミリ機関砲弾だけで30万発」との米紙報道もある。

被害

 DUは核兵器や原子力発電所向けに天然ウランを濃縮する過程で生じる廃棄物。微量の放射性物質を含む。DU弾が命中すると高熱で燃え、超微粒子の酸化ウランが大気中に拡散。放射線の一種であるアルファ線などを発するとされる。吸い込むと体内に蓄積され、健康に害を及ぼすと考えられている。

 湾岸戦争から帰還した米兵たちが体調不良を訴え、「湾岸戦争症候群」と呼ばれた。イラク住民たちの間でも白血病や乳がんなどが増え、DU弾の影響とみる現地の医師は少なくない。先天性異常児の出産増加もDUとの関係が疑われている。

 NATOの軍人たちも同様の被害「バルカン症候群」を訴えた。欧州議会がDU弾の一時使用中止を決議する事態となり、イタリアは派遣兵への補償を政府予算に計上した。

 しかし米軍などはDU弾と健康被害との因果関係を認めない。体外から強烈な放射線を浴びた広島や長崎の原爆被害とは異なり、DU弾のような内部被曝(ひばく)の影響についての科学的な解明も十分ではない。こうした状況を覆すには、イラクなどで第三者機関による大規模な疫学調査の必要性も指摘されている。

運動

 イラク開戦を控えた2003年3月、広島市内で約6千人の市民が「NO WAR NO DU!」(戦争反対 劣化ウラン反対)の人文字をつくった。湾岸戦争を経験したイラクの人たちの頭上に、米国が再びDU弾を投下しようとしている状況での反対運動。大きな盛り上がりを見せた。

 この年の10月にはベルギーに世界各地の非政府組織(NGO)が集まり「ウラン兵器禁止を求める国際連合(ICBUW)」の結成集会が開かれた。

 先例である対人地雷やクラスター弾にならい、各国政府に働きかけて製造や使用を禁止する条約を制定・発効させることが、こうした市民運動の目標の一つとなっている。

 国家レベルでの先駆例はベルギーだ。2007年、DU兵器の製造や使用、移送を禁じる国内法が成立した。

 国連総会でも過去3度の決議があった。2007年と2008年は各国にDU兵器への見解提出などを求めた。昨年は一歩前進し、被害国は使用国に対し使用場所の開示を求めることができるとの内容。圧倒的多数で採択された。

 DUの健康被害を公式には認めていない日本政府も、国連総会決議には賛成している。

 DUは核兵器と同じ非人道兵器であり、国際法違反は自明ともされる。だが廃絶への動きは鈍い。保有国を包囲し、全面禁止に向けたうねりをどう高めるか。市民団体にとっても試練の時が続く。


先駆例ベルギーに学べ

ICBUWヒロシマ・オフィス代表 嘉指信雄さん

 この問題に被爆地広島で取り組む「ウラン兵器禁止を求める国際連合(ICBUW)」ヒロシマ・オフィス代表の嘉指信雄さんに、今後の禁止運動の抱負や展望を聞いた。

 2007年から国連決議が3回採択された意義は大きい。残念ながらDU兵器の全面禁止を提案しているわけではないが、各国が自分の問題として考える契機になった。

 日本政府も最初から賛成している。ただ、国連に提出した見解は「健康や環境に対する影響について確定的な結論は出ていない」という、いわば様子見にとどまる内容。もっと世界のリーダーシップを取ってもらいたい。

 確かに(オバマ政権でも)米国の姿勢に変化は感じられない。有害だと認めれば賠償問題に直結するアキレスけんであり、健康や環境への影響は最後まで否定するだろう。

 その意味からも、国内法でDU兵器を禁じたベルギーは興味深い。第1次世界大戦で毒ガス戦の舞台となったことを教訓に1933年、非人道兵器を禁止する国内法を制定した。以来、この法律に対人地雷やクラスター弾、さらにDU弾と一つずつ書き加えていく形で、次々に新しい国内法を生みだしている。

 そうした国内法制定の動きはコスタリカなどに広がりつつある。非人道兵器に対するスタンスを確立したベルギーの伝統に、広島、長崎を体験した日本も学ぶべき点は多い。

 健康への影響については、最大の被害国であるイラクでも疫学調査が進み、信頼できるデータを得つつある。ICBUWとして引き続き各地で調査を進める考えであり、ノルウェー政府など支援してくれる国も出てきた。

 ただ、あえて強調しておきたい。それは、健康被害の全容が解明されなければこの問題は解決できない、との立場を取るべきではないことだ。放射性物質を環境にばらまいている。それは常識的に判断して「とんでもないこと」ではないか。それが出発点だ。

 心強いのは国内で、民主党政権になって国会議員の超党派の勉強会が誕生したこと。強い意志で行動する政治家が増え、国際ネットワークをつくれないだろうか。

 DU弾は実戦使用以外でも被害を生む。世界各地にある米軍基地周辺で実弾演習に使われてきた。また紛争終了後も国連平和維持活動(PKO)などを通じて被害は拡大する。保有も使用もしていないからといって、決してひとごとではない。

 対人地雷、クラスター弾と禁止条約は成立した。次はDU弾だとの機運は、確実に高まっている。

かざし・のぶお氏
 神戸大大学院教授。専門は哲学。核兵器廃絶をめざすヒロシマの会(HANWA)で運営委員も務める。広島市佐伯区在住。57歳。


≪劣化ウラン問題をめぐる主な動き≫

1960年代~  米国で対戦車用兵器として劣化ウラン(DU)弾の製造や実弾演習が本格化。米
           ロスアラモス国立研究所なども参画
1991年 1月 湾岸戦争で多国籍軍によるイラク空爆が始まる。米英軍が初めて実戦でDU弾
          を大量使用。帰還兵が健康不安を訴える
1995年 8月 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で北大西洋条約機構(NATO)軍が大規模空爆
      12月 1996年1月にかけ沖縄・鳥島射撃場で米軍がDU弾を「誤射」
1996年     国連差別防止・少数者保護に関する小委員会(ジュネーブ)が、DU弾を核兵器
          や生物化学兵器・クラスター弾とともに非人道兵器と位置付ける決議を採択
1999年     米会計検査院が「吸入されたDUの不溶性酸化物は長く肺に残り、放射線による
          発がんの可能性を生む」と報告
1999年 3月 コソボ紛争でNATO軍が空爆
      10月 アナン国連事務総長がNATOに、DU使用に関する情報開示を要請
2000年12月 NATOがボスニアやコソボでのDU弾使用を認める。両紛争に派遣された欧州各国
          の軍人らが体調不良を訴え、「バルカン症候群」と呼ばれる
2001年 1月 ギリシャ政府がDU弾の使用中止を発表▽英海軍の報道官がDU弾をタングステン
          弾に切り替える方針を表明▽欧州議会がNATOにDU弾使用の一時停止を求め
          る決議を採択▽欧州会議はDU弾の全面禁止を求める決議
       3月 国連環境計画(UNEP)が、NATOがコソボで使用したDU弾についての最終報告
          書。「環境や人体に与えるリスクは小さい」
      10月 アフガニスタン空爆始まる
2002年12月 広島市を訪れたイラクの医師が「湾岸戦争前に比べ白血病や乳がん患者が急増し
          ている」と証言
2003年 3月 広島市内で約6千人の市民が「NO WAR NO DU!」(戦争反対 劣化ウラン反対)
          の人文字をつくる集会▽イラク戦争始まる。米英軍がDU弾を使用
       6月 広島市民らがイラクでDU弾の被害を調査
      10月 ベルギーで非政府組織(NGO)の「ウラン兵器禁止を求める国際連合(ICBUW)」
          結成集会
2006年 8月 広島市でDU兵器禁止を訴える国際大会
2007年 3月 ベルギーでDU弾の製造や使用、移送などを全面禁止する国内法が成立。2009
          年6月に施行
      12月  国連総会でDU兵器使用の影響について各国に見解を求める決議を採択。2008
          年12月も同様の決議
2009年 1月 イタリアの地方裁判所がDU弾による健康被害を訴えた元兵士への損害賠償を政
          府に命じる判決
       2月 イタリア政府が海外に派遣されDU弾の被害に遭った同国の元兵士ら約1700人
          の健康被害を初めて認定し、補償費用を予算計上したことが判明
2010年12月 国連総会がDUの被害国から要求があれば使用国は情報開示することなどを盛り
          込んだ決議を採択。日本など148カ国が賛成。米、英、フランス、イスラエルが反対

※書籍「ウラン兵器なき世界をめざして」(NO DUヒロシマ・プロジェクト刊)など参照

(2011年2月21日朝刊掲載)

この記事へのコメントを送信するには、下記をクリックして下さい。いただいたコメントをサイト管理者が適宜、掲載致します。コメントは、中国新聞紙上に掲載させていただくこともあります。


年別アーカイブ