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社説・コラム

『論』 広島市の平和行政 市民が主役へ 転換の時

■論説主幹 山城滋

 平和行政は被爆都市広島にとって特別な分野である。ただ、市が力を入れようとすれば行政主導になりがちでもある。市民との間合いの取り方はなかなかに難しい。

 来月退任する秋葉忠利市長は、自らの考えで動くタイプだった。3期12年間、得意の英語も駆使して被爆地の訴えを世界に広めた。賛同する都市のネットワークも大きく育った。

 8・6式典の平和宣言は市長が内外から注目を浴びる舞台だ。秋葉市長は、歴代市長の中でも自らの考えをはっきり打ちだした。

 半面、トップダウン型の手法が市民と行政の距離を広げてしまうような場面も出てきた。

宣言に「五輪招致」

 一昨年の宣言は、核兵器のない世界を求める演説をしたオバマ米大統領を支持する造語「オバマジョリティー」を盛りこんだ。昨年は「招致を目指しています」との表現で平和を希求する広島五輪に触れた。

 どちらも市長自身のアイデアで、セットでもあった。一昨年10月、オバマ氏のノーベル平和賞受賞が決まった2日後、市長は五輪招致の検討を発表した。

 市議会のお墨付きや市民の幅広い賛同を得たわけではない。首長の強いリーダーシップは、裏目に出ると独走になってしまう。

 大統領を評価するオバマジョリティー。米国が臨界前核実験を強行した昨秋以降、この言葉への違和感がさらに増した。

 五輪については財政面の懸念が消えない。中国新聞が昨年11月に行った市民対象の世論調査では、招致反対が44%で賛成の27%を上回った。

 記者会見を拒んだことでも波紋を広げた秋葉市長の突然の退任決断。五輪招致に市民の理解が得られそうにないことが、背中を押したのではなかろうか。

 秋葉市長は被爆者援護にも尽力したが、最も重きを置いたのは世界への発信だった。自らが会長を務める平和市長会議は2020年までに核兵器を廃絶するビジョンを提唱。加盟は4540都市と10年で約10倍に増えた。

 2020年に核兵器廃絶を祝って被爆地で五輪を開こうという構想。実現すれば、秋葉市長の平和行政のゴールになったはずだ。

 五輪構想への賛同の輪は国内の他市に広がった。ただ、地元では唐突な発表に戸惑う市民も少なくなかった。リーダーに何事も「お任せ」になっていたことに気付いた。そんな側面もあっただろう。

 平和行政に市民が参加する場面は結構ある。だが意思決定にどこまで関われるかとなると疑問符が付く。

 平和宣言の作り方を長崎市と比べれば分かる。

 長崎市長が8・9式典で読み上げる平和宣言は、宣言文の起草委員会が作成する。市長を委員長に学識者、被爆者、市民代表ら約20人の委員が議論しながら文面を練る。

 広島市は有識者らの意見を参考にしながら、市長と市の平和関連部局で宣言文を作ってきた。

 先々代の荒木武氏は事務局の文案に沿った内容が多かったという。かつて新聞記者として原爆報道に携わった先代の平岡敬氏は核の傘からの脱却を初めて国に求めるなど、踏み込んだ訴えを表明した。

 平岡、秋葉氏と平和宣言に自らの考えを反映させる市長が続いたが、次期市長はどうだろうか。事務局の文案が生かされるパターンに戻るかもしれない。

長崎方式を参考に

 この際、長崎のように民意を取り入れる方式への転換を提案したい。被爆者をはじめ市民の代表が議論を通じて宣言文を練るようになれば、市民を平和行政の主役に据えることにつながるはずだ。当事者意識もおのずから強まるだろう。

 市長選が近づく。平和行政を市民にどう近づけるかについて、立候補者の考え方をぜひ聞きたい。

 五輪の招致をどう見るかもきちんと語ってほしい。考えをあいまいにしたままだと、市民は選びようがないではないか。

(2011年3月6日朝刊掲載)

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