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社説・コラム

評論 福島第1原発事故 低線量でも人体に懸念

■特別編集委員 田城明

 世界的にも最大規模のマグニチュード(M)9.0の地震と巨大な津波の襲来。東日本の太平洋岸一帯を襲った被災地の光景は、原爆投下直後の広島の惨状とだぶる。その上に加わった東京電力福島第1原発の高濃度放射能漏れ。時間の経過とともに、事態は悪化の一途をたどっている。

 既に深刻な事態にある1基の原子炉の核燃料棒の溶融を防ぐだけでも容易ではない。4基同時となれば、世界でも未曽有の経験だ。炉心冷却などこれ以上の事態悪化の防止に当たっている人々は、大量被曝(ひばく)の危険を冒して作業を行っている。日本だけでなく、世界中の多くの人々が、作業員の無事と同時に、最悪の事態が防止できるようにと、祈るような思いで事態を見つめている。

 第1原発3号機付近では、毎時400ミリシーベルトの放射線量を観測した。一般人の年間被曝線量限度の400倍に相当する。放射線量がこの値よりはるかに低くても、放射能汚染地域が広がれば、被災地で不明者の捜索や後片づけに従事している人々の救援活動にも支障を及ぼす。米軍を含め海外からの支援部隊も、敏感にならざるを得ないのが現実だろう。

 放射線量にだけ関心が向きがちだが、セシウムなどどのような核分裂性物質が放出されているかも懸念される。ウランにプルトニウムを加えた混合酸化物燃料(MOX燃料)などの場合、燃料棒が溶融すればプルトニウムが放出される可能性が高い。体内に取り込めば微量でも危険だ。

 また、放射線に対する感受性は、同じレベルでも人によって違う。「許容範囲」だから、安全だとは必ずしも言えない。特に影響が大きいとされる幼児や子どもたちは、低線量でも被曝しないにこしたことはない。

 広島・長崎の被爆者の追跡調査では、低線量でも内部被曝による健康への影響がいわれている。政府は、被爆地の大学や医療機関で蓄積された知見を最大限に生かした対策を立ててもらいたい。

 史上最悪の事故を起こした旧ソ連のチェルノブイリ原発や、核燃料の半分近い炉心溶融を起こした米国スリーマイルアイランド原発の被災地を10年前に訪ねた。多くの放射線被害者らの生々しい体験を取材して得た教訓は、当局は「包み隠さず、正確な情報を素早く公表する」、住民の健康・安全を守るために「広範囲の避難によって被曝の可能性を最小限にとどめる」ことである。

 二つの原発事故ではそれを怠り、被害を大きくしてしまった。その轍(てつ)を決して繰り返さないためにも、政府や関係機関は、炉心溶融という最悪の事態をも想定して、菅直人首相が言う「未曾有の国難」に立ち向かうべきである。

(2011年3月16日朝刊掲載)

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