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社説・コラム

『論』 東日本大震災 原子力災害と情報 正しい知識 風評抑える

■論説副主幹 山内雅弥

 東日本大震災による東京電力福島第1原発の事故で、放射能漏れが続く。福島県の牛乳や茨城県のホウレンソウから基準を超える放射能が検出されたとの発表もあった。

 原子力災害としては12年前に茨城県で起きた東海村臨界事故が記憶に新しい。ただ放射性物質の量や避難区域の広さからみれば、今回の事故は国内で経験したことがない危機的な事態だ。

 目に見えない放射線。これ以上の被害を食い止めるためには、正しい情報に基づいた迅速な行動こそが欠かせない。しかし広島大の緊急被ばく医療チームと被災地を歩いてみると、さまざまな問題点があることに気づかされた。

 まず政府や東電から県、地元自治体に対する情報提供が後手に回っている点を挙げなければならない。

 テレビで映像が流れたにもかかわらず、政府の発表が5時間後になった1号機の水素爆発はその典型だろう。福島県の佐藤雄平知事が「政府の情報公開が遅すぎる」と怒りをあらわにするのもうなずける。

 それ以上に原子力災害への対応の難しさを浮き彫りにしているのが、住民への情報提供の問題である。

避難指示で不安も

 政府の指示で原発から半径20キロ以内は全員避難となったのをはじめ、20~30キロ圏の住民も屋内退避を求められた。しかし、それが住民の間に必要以上の不安を与えていることも否定できない。

 自分や家族がどれほどの放射線を受けているのか。いま原発周辺や避難してきた地域の放射線量は健康障害を及ぼすレベルなのか…。こうした的確な情報を住民に伝えることが大切になる。

 福島県の災害対策本部が避難所や保健所などで進めているスクリーニング検査(簡易測定)は住民の声に応えるものだ。広島大など各地の大学や医療機関から駆け付けた専門家チームが協力している。待ち望んでいた人も多い。

 検査は体や服に付着している放射性物質の量を計器で測定するので、被曝(ひばく)した線量と同じではない。服を脱いだり体や髪を洗ったりすれば、取り除くことができる場合が大半とされる。1分間当たり10万カウント(cpm)未満であれば、特に除染の必要はない、というのが専門家の見解である。

 検査で10万cpm以上のケースもわずかながら見つかっているが、今のところ健康障害が心配されるレベルではないようだ。分かりやすい説明を受ければ、専門的知識に乏しい住民も不安が和らぐに違いない。

 マイクロシーベルトやベクレルといった、市民になじみが薄い放射線量を表す単位の数値が飛び交っている。それも混乱に拍車を掛けている一因ではあるまいか。

受け入れ差別懸念

 気掛かりなことが被災地で起き始めている。検査を受けた証明がなければ避難所や病院に受け入れてもらえない地域がある。妊婦が帝王切開を拒否されたケースも聞いた。

 避難してきた人たちへの差別につながりかねない。誰か被曝した人がいても周囲の人が被曝することはない。政府は正しい知識を広げて風評被害に立ち向かう責務がある。

 史上最悪の原子力災害とされるチェルノブイリ原発事故では住民に情報が知らされず、深刻な被害を拡散させた。それほど情報やデータの持つ意味は重い。

(2011年3月20日朝刊掲載)

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