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社説・コラム

『潮流』 大震災とTPP

■論説主幹 山城滋

 「問われる開国」とか「攻めの農業」といった見出しが紙面に躍っていたのは、つい1カ月前までのことだ。

 政府が参加を検討していた環太平洋連携協定(TPP)をめぐる論議は、東日本大震災の発生で完全に止まってしまった。

 賛否両論が鋭く対立してきたテーマである。菅直人首相は、6月の結論取りまとめを先送りする考えを表明した。一丸となって国難に立ち向かうときに、それどころではないのだろう。

 被災地は有数の農業地帯でもある。津波で塩水につかり、あるいは原発事故で放射能に汚染された農地の回復は気が遠くなりそうな営みだ。農業へのダメージを免れそうにないTPP参加で追い打ちをかける訳にはいくまい。

 攻めの農業として期待がかかる農産物の輸出も、風評被害の逆風にさらされ始めた。

 それらとは別の次元のことも考えてしまう。

 TPPが目指す例外なき関税撤廃はつまるところ、国境を超えた市場原理の徹底である。そこで最も優先されるのは「競争を勝ち抜く」ことだ。

 ところが、3月11日を経て私たちの考え方にある種の変化が生まれているような気がする。

 自然の猛威の前でおびただしい人々が犠牲になり、生活の基盤を根こそぎ奪われた。

 自分ができることを、と人々は義援金や物資、労力を差し出している。国外からも頭が下がるほどの支援が寄せられる。

 収束が見通せない原発事故は、限りある地球の環境を脅かす。安全で持続可能なエネルギーの確保は人類に共通する緊急課題だ。

 競い合いもいいが、それよりもっと支え合いを―。そんな時代の始まりではないだろうか。

(2011年4月6日朝刊掲載)

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