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社説・コラム

コラム 視点『「安全神話」崩壊で住民避難 低レベル放射線被曝 注意喚起する専門家も』

■センター長 田城 明

 水素爆発で建屋の天井が吹き飛ぶなど無残な姿を呈す東京電力福島第1原子力発電所。太平洋に面して並ぶ1~4号機からは、事故から3週間以上がたった今も、放射性物質が大気や、海水、地下に漏れ続けている。大気に放出されたその一部は、微量だが太平洋を越え米東部のニューヨークでも検出された。

 政府が住民避難を指示した原発から20キロ圏内。そのエリアには、地震と津波で亡くなった人々の遺体が千体近く残るという。遺体に降り注ぐ不可視、無臭の放射性物質。地元警察官ら救助隊員も、捜索中の被曝(ひばく)に加え、遺体収容に伴う二次被曝の恐れがあり、作業は困難を極めるだろう。

 原発事故さえなければ行方不明のわが子や、父、母らに「一刻も早く対面したい」と毎日のように現場に出かけたであろう肉親たち。いつ帰郷できるかも知れぬ避難先で暮らす家族の心情はいかばかりか。「安全」を信じ、東京電力の企業城下町として恩恵を被ってきた住民たちもいるだろう。仮にそうだとしても、わが身に置き換えれば、その仕打ちは余りにもむごい。

 遺体収容などによる二次被曝といえば、廃虚と化した原爆投下直後の広島に派遣され、救助活動に関わった人々のことが想起される。残留放射線の危険など何も知らずに遺体を収容し、がれきを取り除いた。こうした人たちの中には、1週間ほどの救援作業の後に体調を崩して年内に亡くなったり、20~30年後にがんを発症した人たちもいる。

 彼らは外部被曝だけでなく、作業中にほこりやちりと一緒に放射性物質を体内に取り込み、内部被曝をも受け続けたのだ。

 被爆直後の残留放射線レベルと、福島原発周辺のそれを比較することはできないだろう。放射線防護への備えも今ならできる。しかし、だからといって油断はできない。

 「直ちに人体に影響を与える放射線レベルではありません」。政府や東電関係者らから何度も耳にしてきた言葉だ。「直ちに」とは、急性放射線症状は現れないという意味である。晩発性後障害については、「ない」とは言い切れない。それを言えば人々を欺くことになるからだ。

 放射線から人体を守る保健物理学創設者の一人として知られる米国のカール・モーガン博士(1907~1999年)。テネシー州のオークリッジ国立研究所保健物理部長の傍ら、国際放射線防護委員会(ICRP)の内部被曝委員長を21年間務めた。この道の第一人者である博士が1994年、私のインタビューに答えてこう言った。「放射線の人体への許容基準は、時代とともに下がっていった。低レベルの放射線の影響が十分分からなかったからだ。研究が進むにつれ、放射線被曝に安全という敷居値がないことが分かってきた」と。

 ちなみにモーガン博士は、大気圏核実験に立ち合ったり、核事故現場に駆け付けたりして「これまでの人生で100レム(1000ミリシーベルト)以上の放射線を浴びている」と打ち明けた。晩年は脳腫瘍を発症したが、「親から強い免疫機能を与えられたからここまで生きてこられた。が、親から譲り受けた免疫機能が弱い人もいる。こういう人は、放射線で免疫機能が破壊され、病気にかかりやすくなる」と説いた。

 米国では原発を推進してきた原子力産業界や、核兵器開発を進めてきた軍部は、常に「低レベルの放射線は危険でない」との立場を取り続けてきた。その危険を指摘するモーガン博士や、カリフォルニア大学教授で、「人間と放射線」の大著を著した医学・化学者のジョン・ゴフマン博士(1918~2007年)らは、疎んじられてきた。「同じことは米国だけでなく、フランスや英国、そして日本でも起きていることだ」と、モーガン博士は言った。

 今回の福島原発事故でも、同じようなことが言えるかもしれない。放射線の人体影響に関する経済産業省原子力安全・保安院や東電などの「危険ではない」との発表に対して、内部被曝の影響を憂慮する内外の研究者らからは「甘い見方だ」との厳しい批判が向けられている。スリーマイルアイランド原発事故の周辺住民の健康調査をしたノースカロライナ大学のスティーブ・ウィング博士(疫学)もその一人。「症状は放射線の被曝レベルによって違うが、どのレベルであれ危険である」とウィング博士は指摘する。

 これまで「原発は安全」「放射線の影響もない」と聞かされ信じてきた福島第1原発周辺の住民たちは、住み慣れた地から避難しなければならないことなど想像もしなかったことだろう。半径30キロ以遠でも、農産物などへの放射能汚染や風評被害で深刻な影響を受けている人たちにとっては一層やりきれないに違いない。

 今は一刻も早く、大気や海水、土壌への放射線の放出を最小限にくい止めつつ、核燃料棒を冷やして原子炉内の温度を100度未満の「冷温停止」状態になるよう関係者に最善を尽くしてもらうほかない。

(2011年4月4日朝刊掲載)

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