×

社説・コラム

天風録 「スーちゃん逝く」

 聞き分けがよくて、しっかり者。3姉妹でいえば長女格…。そんな風情が心に残る。「キャンディーズ」の元メンバーで俳優の田中好子さんが、乳がんで亡くなった。まだ55歳。あまりにも早すぎる▲「年下の男の子」のヒットで一躍人気アイドルに。広島カープがリーグ初優勝を果たした1975年のことだ。解散までの3年間、絶大な人気を保ち続けた。「スーちゃん」と親しまれたアイドルから、演技派の俳優へ。転機はヒロシマとも深く関わっている▲「生きることの強さと美しさ。内面的なものを出せれば」と取り組んだ映画「黒い雨」。今村昌平監督に見いだされ、主役に抜てきされた。原作は福山市出身の作家、井伏鱒二だ。放射能を含んだ黒い雨を浴び、原爆症におびえながらも優しさを忘れずに生きる女性を演じた▲くしけずる髪が抜け落ち、縁談も次々にこわれていく。過酷すぎる人生。「でも彼女は人間として精いっぱい生きた」。そんな思いを抑制された演技に込めたと語っていた。90年の日本アカデミー賞最優秀主演女優賞に輝いた▲薄幸のヒロインがさいなまれた不安や苦悩、そして内に秘めた憤り。福島第1原発事故の周辺住民のやりきれなさとも、重なってみえる。核時代を生きる私たちに重い伝言を残して旅立った。

(2011年4月23日朝刊掲載)

年別アーカイブ