×

社説・コラム

社説 8・6記念式典 核なき世界の出発点に

 核兵器にとどまらず、平和利用の核にも疑問を投げかける。被爆66年の平和記念式典は、時代を画すものとなった。

 東日本大震災がもたらした福島第1原発の事故で、制御しきれない核エネルギーの危険性が誰の目にも明らかになったからだ。

 松井一実市長は平和宣言で「早急にエネルギー政策を見直し、具体的な対応策を講じていくべきだ」と政府に迫った。

 これに応じるように、菅直人首相もあいさつで、「白紙から政策見直しを進めて原発の依存度を引き下げ、原発に依存しない社会を目指していく」と明言した。

 27万5230人を数える原爆死没者の名簿が納まる慰霊碑。その前での誓いには格別の重みがあるはずだ。

 首相は7月半ばにも「脱原発」宣言をしている。時期や道筋も示さない唐突な表明は閣内でも批判を浴び、2日後に「私的な思いだった」とトーンダウンさせた。

 政権内で議論を積み上げて決めたことではなかったためだ。その後、政府のエネルギー・環境会議が、中長期の政策方向として「減原発」をようやく打ち出した。

 再びの脱原発宣言は、政府の政策といえるのか。式典後の記者会見で首相は、エネルギー・環境会議とは「方向性を一にしている」と述べるにとどまった。

 共同通信社の7月末の世論調査では、脱原発方針に対する「賛成」の声は7割を超えている。

 エネルギー・環境会議は年内をめどに工程表を詰める方針のようだ。再生可能エネルギーの拡充や電力浪費社会の見直しも進めながら原発ゼロへの見取り図をどう描くのか。国民的な議論を巻き起こしたい。

 米国が昨秋から臨界前核実験を再開するなど、核兵器廃絶への道のりは険しさを増す。その打開策については、松井市長の平和宣言も首相の発言も物足りなかった。

 前の2代の市長が政府に求めた米国の「核の傘」からの離脱を、松井市長は盛り込まなかった。被爆地の市長としては踏み込み不足と言わざるを得ない。

 菅首相は会見で、核抑止力に対する認識をただされると、「目指している核廃絶が実現すれば、抑止力も核自体も必要なくなる」とかわした。

 核廃絶にたどり着くための道筋こそを語ってほしかった。

 世界の核軍縮のベースになってきた核拡散防止条約(NPT)体制は、一方で原発技術を広める側面を持つ。平和利用も含めた核なき世界を実現するには、核兵器を非合法化する核兵器禁止条約をゴールに据えるべきだろう。

 被爆者団体は核兵器禁止条約への取り組みを強めるよう首相に求めたが、答えはなかった。日本政府は国連総会で交渉開始の決議に棄権を繰り返している。

 「過ちは繰返しませぬから」。原爆慰霊碑の誓いを「核兵器なき世界」の希求にとどめず、「核なき世界」へと広げていくかが問われた8・6である。

(2011年8月7日朝刊掲載)

年別アーカイブ